『環境と正義』 Victory 1999
[1997][1998][1999][2000] [2001] [2002] [2003] [2004]
■このページの目次
No.17.1999.1/2
日韓高速船事件について 山口地方裁判所
平成6年(行ウ)第3号、同第5号
弁護士 臼井 俊紀(山口県弁護士会)
No.18.1999.3
潮来町産廃最終処分場建設差止仮処分命令申立事件 水戸地裁麻生支部
平成九年(ヨ)第13号 平成10年9月1日決定
坂本博之(茨城県弁護士会)
No.19.1999.4
西吉野村産廃富士撤去判決 奈良地裁五條支部
H9(ワ)第44号 H10.9.22判決 北岡秀晃(奈良弁護士会)
No.20.1999.5
「田房ダム上流のゴルフ場事件」
広島地裁 HP(ヨ)第385号 山田延廣(広島弁護士会)
No.21.1999.6
産廃処理施設(焼却炉)差止めの裁判 津地裁 情報公開請求事件
H6行ワ第8号 H9.6.19判決(確定)
津地裁 損害賠償請求事件 H5ワ第253号 H9.6.26判決(控訴)
名古屋高裁 損害賠償請求控訴事件 H10.12.22判決(控訴)
津地裁上野支部 操業禁止仮処分事件 H11.2.24決定
村田正人(三重弁護士会)
No.22.1999.7(1)
立田村産業廃棄物処理施設建設禁止仮処分決定
名古屋地裁H10(ヨ)第682号 兼松洋子(名古屋弁護士会)
No.22.1999.7(2)
エゾシカ衝突事件
札幌地裁H8(ワ)第3070号
札幌高裁H11(ネ)第19号
市川守弘(札幌弁護士会)
No.23.1999.8/9
吉野桜ゴルフ場建設工事差止判決 奈良地方裁判所葛城支部
平成四年(ワ)第一二二号、平成四年(ワ)二七〇号、平成六年(ワ)第六〇号
北岡秀晃(奈良弁護士会)
No.24.1999.10
毒性実験データの提出命令ー残留農薬基準取消等請求事件
東京高等裁判所第二民事部 本案平成九年(行コ)第六九号
提出命令平成一〇年(行タ)第一九号 神山美智子(東京弁護士会)
No.25.1999.11
アマミノクロウサギ情報公開請求事件
平成9年(行コ)第6号福岡高裁宮崎支部 西田隆二(宮崎県弁護士会)
No26.1999.12
休載
No.17.1999.1/2
日韓高速船事件について 山口地方裁判所
平成6年(行ウ)第3号、同第5号
弁護士 臼井 俊紀(山口県弁護士会)
【日韓高速船事件とは】
山口地方裁判所は六月九日、下関市が、第三セクターとして設立された日韓高速船株式会社に対して、一九九四年に交付した合計八億四千五百万円の補助金は違法だとして、下関市の前市長に対し同額を下関市に賠償することを命じる判決の言い渡した。
日韓高速船株式会社は、九〇年一一月二日、下関市と釜山との間に、旅客を海上輸送する高速船を就航することを目的として設立され、下関市が設立当初、五千万円を出資(出資比率二二・四二%)した、いわゆる第三セクター方式の会社であった。
当初から営業不振で累積赤字が増大する一方の状態となり、その為下関市はこの会社に出資金の他にも多額の財政支援を行ってきた。
第一に、本件会社の金融機関からの八億円の借り入れに対して損失補償(事実上の保証)をして今後これを返済していくことになっている。(平成八年度から同一七年度まで毎年八〇〇〇万円ずつ分割返済)
第二に、市の職員を二名ないし三名本件会社へ派遣してきた。職員の給与は市が負担してきた。
第三に、九二年から九三年にかけて市が直接本件会社に一〇億円の貸付を行っている。
以上は、いずれも違法性の疑いの強いものであった。そして、本件会社は、九二年一二月一日運休をして、その後再開されることがなかった。そして、本件の補助金交付時点では、すでに資産も収益の見通
しもまったくない、事実上の倒産状態になっていた。
そのような状態の下で、同社(九二年の運休直前に前市長が代表取締役を辞任し、その後、同市助役が代表取締に就任)は、九四年三月当時、債務整理のために
必要だと八億四千五百万円(債務のほぼ全額)を下関市に補助金として交付することを要請し、市はこれに応じて同額の補助金を交付した。その違法性が争われたのが本件事件であった。
【裁判の争点と判決の意義】
この裁判の争点は、明確であった。第三セクター方式の会社が、破綻し、再建の見込みがない状況で、その債務整理のために多額の補助金を交付することが、地方自治法で定めている補助金交付の「公益性」があるかどうかという一点であった。
被告の前市長や補助参加人の現市長は本件訴訟で公益性があるという根拠として
一 本件会社の事業が下関市の事業と一体であること
二 本件補助金を交付しないと下関市への信頼が維持できず、今後の第三セクターへの協力が得られないこと
三 議会で多数の賛成を得て議決されたものであること
の三点を挙げていた
原告は、それらに対して、
一 本件会社の事業が下関市の事業と一体であるという点については、本件会社の法形式が株式会社という営利社団法人である上、下関市の出資比率も当初二二・四二パーセントから増資後は、一〇・二五パーセントと意識的に地方自治法や施行令で定める監査委員の監査が及ばない二五パーセント未満に低く抑えられていることから下関市の事業と一体とは到底いえないこと
二 下関市への信頼や今後の第三セクターへの協力上不都合という点についても、そこでいう信頼とは、参加ないし取引企業が利益は、取得するが損失はすべて下関市が負担してくれるという「官民癒着」の不正常かつ不公正な「信頼」でありそれを保証する必要性もなければ、今後の協力も以上のような「信頼」が前提となるとすれば、それこそが問題であること
三 議会の多数決で議決されたとしても、それは支出を手続き上可能とするだけのものであり、公益性の有無とは関係がないし、本件では、前市長が同意案件として積極的に議会に提案をしたもので免責の根拠として主張することは無理がある。
と批判した。
今回の判決は、本件会社が下関市と一体とはいえないことや民間企業が参加する場合は、自己判断と責任の下に、危険を負担することも当然ありうることを前提に、営利の追求をなさんとしていること等から、前市長らの主張を排斥して、本件補助金交付を明快に違法と断定した。
そして「公益性」があるためには、主観的にも客観的にも、補助金の交付とそれによる住民の利益との間に因果
関係がなければならず、本件では、「経済的な面も含め、およそ不毛な処理であった」として、「巨額の税金が住民の福祉の増進のために使用されないまま失われるはめになったことによる住民の損失は見過ごすことができない」と厳しく指摘している。
また前市長らが本件補助金を交付しないと、第三セクターを採用している全国の地方公共団体に迷惑をかけると主張していた点についても、「公益性」とは無関係であるとしている。
「公益性」の概念は抽象的なものである為、ともすると行政の行為や主張を正当化するマジックワードとして機能する役割をはたすことになるが、この判決は「住民の利益との間へ因果
関係」という基準を立てその有無を具体的に検討する手法をとっている。これは、憲法秩序を前提として「公益性」を考えるにあたって「国民の現代社会における適正な生存のためのあれこれの権利・利益とのかかわりにおいて、具体的に明確にするほかない」(三橋良士明「第三セクターの民主的統制」『室井力古希記念論集 現代国家と行政権』)という正当な観点に立脚するものであり、かつ地方公共団体の事務の本質が、住民の福祉の増進にあるとする、地方自治方法の規定(同法第二条一三項)に基づいた、きわめて正当なものである。
【判決で裁かれたもの】
補助金を交付した前市長は、本件会社に関してかつて、市議会の委員会の中で、「第三セクターを倒産させたケースはあまりない。休止はあるが、そのときは第一セクターが全部面
倒をみて、きちんと対処している。それが公共団体の責任だと思う。」と述べていた。
第三セクターと取り引きする企業や参加企業は、直接取引による利益や利益配当、関連事業への投資機会等何らかのリターンを期待して取引に入ったり、参加をしてきた。
その一方で第三セクターが破綻してもその時のリスクはすべて地方公共団体が負担してくれるという「信頼」に寄りかかってもいた。
前市長の先の発言は、正直にこの考え方を表明しているものに他ならない。
この判決では、まさに前市長のこの発言に表明された考え方こそが裁かれたのである。
【全国的な意義】
八〇年半ば以降の中曽根民活路線のもとで乱造された、第三セクター方式の会社は、バブル経済の崩壊後、全国どこでも大きな問題をかかえている。
読売新聞が今年四月に行った全国調査では、一九九六年度決算で赤字を抱える第三セクターは二七五社、累積赤字の総額は四五一一億八八一四万円に上っている。そして、金融不安を背景に第三セクター支援のための公費投入が相次いでいる。
これは一方で、議会や住民の監視、民主的なコントロールから免れながら、他方で公金をあらゆる経路で民間企業に流出させる、官民癒着の構造の下で、経営責任の所在をあいまいにしたまま公的資金を湯水の如く流出させるという流れが強まっているということである。
この判決は、その流れに大きな歯止めをかけるものである。
判決直後、マスコミ各社は、全国的に大きく報道し、下関市には、第三セクターを抱える各地方公共団体から問い合わせが相次いだという。
又、原告や代理人にも、第三セクター問題に取り組んでいる住民、地方議員や弁護士等から問い合わせや判決文の送付依頼が相次いだ。
第三セクターが、全国各地で大問題となっている表れであろう。
ただ、この判決は、唯一の営業である高速船の就航がなくなり、資産も、収益の見通
しも全くない事実上の倒産状態にある第三セクター、(しかもそれが市の出資比率が二五パーセント未満に抑えられた営利性の強い株式会社)に対して、債務整理の為だけに補助金を交付したという事案に対して為された判断である。
従って同じ第三セクターでも、会社形式でないものや、地方公共団体の出資比率の高いものに対する補助金交付や更には、営業継続中の第三セクターに対する補助金交付や債務整理の為ではない補助金交付等に対して公益性があるかどうかの判断は、今後にかかっており厳密にはこの判決の直接の射程内には入っていないと考えられる。
しかし、この判決が判示した「主観的な側面のみならず、客観的な面においても住民の利益との間における因果
関係」があるかどうかという公益性の判断基準とその基準に立脚した個別具体的な検証という手法は、どのような場合にも意義を有することになると考えられる。
【住民監査・住民訴訟制度について】
地方自治法の住民監査や住民訴訟の制度は、直接民主主義の理念に立脚したきわめて重要な意義を有する制度である。
しかし、一部行政内部を中心に、この制度の機能の大きさから濫訴の弊害を指摘し、これを後退させようとする動きもあるようである。
本件で、原告や私たち代理人が提訴したのは、議会が違法な公金の支出をチェックし得なかったという状況で私的な利害とは関係なく市民として直接その制度を活用して前市長の責任を追求する一方で、今後の安易で放漫で市民を無視した税金の無駄
遣いに歯止めをかけたいという想いからであった。
訴訟の中でも原告や私たち代理人は、第三セクターの設立やそれに対する公的資金の投入がいつ、いかなる場合でも、公益性がないと主張していたものではなく、住民の福祉の増進に有用な公的資金の投入はありうることを前提にしながらも、本件は、住民の福祉にとって有害無益であったと主張してきた。
その点で住民監査や住民訴訟制度を住民の福祉の増進の為に機能させることを心掛けたつもりである。
この制度を後退させようという動きに対しては、今後十分な警戒をする一方で、私的な利害の為に利用するのではなく真に民主的な制度として定着させ機能させていくことが、地域住民に今後課せられた責務であると言っても過言ではない。
【最後に】
本件は、前市長により控訴され、現下関市長は高裁においても前市長に補助参加することを決定した。
従って、今後は、広島高裁で、この問題は争われることになるが、私たちの主張が認められるように全力を挙げる決意である。
小稿を読まれた全国のみなさんのご支援を心からお願いするものである。
潮来町産廃最終処分場建設差止仮処分命令申立事件 水戸地裁麻生支部
平成九年(ヨ)第13号 平成10年9月1日決定
弁護士 坂本博之(茨城県弁護士会)
1 事件及び地域の概要
本件は、千葉県市川市の業者(グリーン開発株式会社)が、茨城県行方郡潮来町大字水原地区に建設を予定していた、安定型産業廃棄物採集処分場の建設禁止を求めて、処分場から約三〇〇〜七〇〇メートルの範囲に居住している住民たちが、仮処分の申立をした事件である。
水原地区というところは、鹿島灘に沿うように南北に長く延びた、北浦という淡水湖(利根川河口堰のため淡水湖になった)に面
した台地の上にある。この台地が涵養する水は、井戸水として地域住民の飲料水などの生活用水となっているほか、水田や、蛍の養殖などに用いられている。またこの台地から流れ出す小川の一つが北浦に流入する箇所のすぐ近くには、潮来町の多くの町民が利用している上水道の取水口がある。
2 仮処分の申立に至る経緯
本件処分場もまた、住民たちの知らないところで建設計画が進められていた。住民たちが気がついたときには、すっかり素堀の穴が掘り上がっていた。初めて住民に対する説明会が開催されたのは、その後であった(一九九七年四月九日)。住民たちは、町長や町議会などに反対の要望書を出すとともに、処分場建設反対期成同盟を結成し、看板を設置し、業者に対する要望書を提出するなどの行動を行った。四月二五日には、住民たちの要望に応えて、町議会が、「産廃の町外からの持ち込みを許さない」宣言を満場一致で採択した。それでも業者は建設を辞さない構えだったので、住民たちの代表二四名が、仮処分の申立を行った(四月三〇日)。
3 事件の争点及び審尋の推移
本件事件の被保全権利は、人格権(平穏生活権の一環としての浄水享受権を含む)である。主な争点は、第一に、処分場の至近距離に井戸水使用者がいる(処分場周辺の住民の殆どは、水道水併用者も含めて、井戸水使用者である)が、水道管が通
っており、水道水を利用しようと思えば、すぐに利用できること、第二に、処分場の面
積が一〇〇一uと小規模であること、それから第三に、(業者側は、この点を主たる争点として提示した)安定五品目の危険性、第四に安定五品目以外の廃棄物の搬入される危険性であった。
第一回目の審尋期日において、駒井雅之裁判官は、「水道水が使えるなら、問題ないのではないか」というような発言を行い、前途多難さを思わせた。
しかしながら、@債権者らをはじめとする周辺住民の井戸水の使用状況を詳細に報告し、現実に、住民の生活のために不可欠の水として、井戸水が使用されていること、A京都大学の中川鮮教官による地下水の電気探査の結果
、井戸水が本件処分場の建設によって汚染される危険性が極めて高いことを立証できたことから、右の第一、第二の争点をクリアできた。
また、住民たちが、本件業者の運営・管理している別の処分場(千葉市、黒磯市)まで足を運び、安定五品目以外の廃棄物が、それら処分場に搬入されていることを明らかにした。この事実の前に、業者は、安定五品目以外の廃棄物の分別
が不可能であることを認めざるを得なくなった。さらに、安定五品目は安定であって危険性はない、という神話を最大の拠点としたあたりに、本件業者のいい加減さが如実に現れているともいえるだろう。
一九九八年三月二五日まで、審尋は、六回に亘って行われた。右期日において、裁判官は「五月の連休明けまでに、追加の主張があれば出すように。決定は五月末か六月はじめころ出す予定です」と述べた。
しかし、裁判所からの決定は、予定の日時を一月過ぎ、二月過ぎても来なかった。夏休み前の書記官の話では、「裁判官は夏休み前には結論を出すと言っていた」とのことであった。しかし、ついに夏休みに入ってしまった。
決定が出たのは、裁判官の公約から約三カ月も遅れた、九月初めだった。
4 裁判所の判断
決定の内容は、果たして、極めて満足の行く内容だった。これまでの裁判例の流れに沿って、安定五品目の危険性と、安定五品目以外の廃棄物が投棄される危険性を認め(本件業者の他の処分場では安定五品目以外の廃棄物が投棄されていたと指摘)、また、「本件処分場は小規模であるが、債権者らの居住する場所が処分場に近接しており、地下水の集水性が際だっていることを考慮すると、地下水による希釈効果
が小さく、危険性は依然として高い」「水道管の配管が比較的容易であるとはいえ、井戸水を飲料水として使用している債権者らが上水道の使用を必ずしも余儀なくされるものではない」「産廃処分場には公共性が認められるが、本件における人格権の重要性に鑑みると、右の公共性よりも重視せざるを得ない」「投下資本の回収の利益よりも、身体権という人格権の方が重要である」とした。
5 後から振り返って
従前の積み重ねの上に、さらに本件事件の勝利が付け加えることができたものは、水道水の利用が可能な状況に合ったにも拘わらず、井戸水で勝てたこと、小規模な処分場であったにも拘わらず勝てたこと、の二点であろう。
また本件事件の勝利の大きな要因として、住民たちの、地域が正に一体となった結束力の固さ、卓越した行動力を挙げることができる。また、本件事件の特色としては、行政が全面
的に住民を支援してくれたことを挙げなければならない(弁護士費用も、全て潮来町が負担してくれた!)。
西吉野村産廃富士撤去判決
奈良地裁五條支部 H9(ワ)第44号 H10.9.22判決
北岡秀晃(奈良弁護士会)
産廃富士
西吉野村。南朝の皇居の地とされた賀名生や梅林で有名なこの村は、日本有数の柿の産地でもある。梅の季節には山々が白一色に染まり、秋には色づいた柿の実が点描のように彩
りを添える。「産廃富士」と呼ばれるピラミッド型の巨大なゴミの山は、この西吉野の夜中谷という静かな谷にそそり立っている。標高三七五メートル、堰堤からの高さも三〇メートルを超える。
違法投棄と苦難の歴史
産廃処理業者は、当初自社処理の名目で廃棄物の違法投棄を始め、既成事実を重ね、これをもとに地元に譲歩を迫る形で、九〇年三月に第一次処分場を開業した。地元としては、やむなく廃棄物の埋立処分を合法的枠組みの中におさめ、被害の拡大を防止する観点で、業者と公害防止協定を締結し、処分場の開業を認めたのである。
公害防止協定には、埋立場所を囲むようにU字に走る村道下の谷間(廃棄物の高さも村道高を超えてはならない)に限定し、様々な公害防止義務や違反行為の中止請求権が定められていた。
しかし業者は、公害防止協定に定められた投棄方法を履践せずに投棄を続け、安定型処分場でありながらゴミの山は時々自然発火した。そして、遅くとも九三年一月には、廃棄物は処分場を囲む村道の高さを超えた。
その後業者は、第二次処分場の拡張を図るが、地元の抵抗にあい、拡張計画は頓挫する。業者は「仮置き」と称して第一次処分場を囲む村道高を超えて次々とゴミを積み重ねていった。これが現在の産廃富士である。
撤去請求へ
第二次処分場拡張をねらう業者は、九五年、西吉野村や地元三区に対し、第二次処分場設置に協力しないことが違法だとして七〇〇〇万円の損害賠償を求める訴えを提起した。
業者に苦しめられ続けた住民は、ここに至ってついに立ち上がり、応訴して争うと共に、第一次処分場への廃棄物の搬入禁止を求める仮処分申立を行い、九六年一月に仮処分決定を得た。
そして、九七年八月、個々の住民自ら或いは地元区を原告として、産廃富士の撤去を求める訴訟を提起した。地元区との間で結ばれた公害防止協定では、廃棄物は処分場を取り巻く村道の高さを超えてはならないと規定されており、これを超える廃棄物に対しては、協定に基づく撤去請求権が存するというのが主張の柱である。
完全勝利の撤去判決
九八年一〇月二〇日、奈良地方裁判所五條支部は、産廃富士のうち村道の高さを超える部分について、撤去を命ずる判決を行った。この判決はいくつかの点で非常に画期的なものである。
第一は、明文の規定なしに公害防止協定に基づく撤去請求権を認めた点である。
判決は、@累々たる公害防止協定違反、県知事の許可条件違反があり被害が発生している(又は発生のおそれがある)こと、A業者が住民側からの協定違反行為に対する再三の中止要求を無視してきたこと、B違反の程度が廃掃法上の措置命令を発布する程度に達しているにもかかわらず、知事がこれを実行していないことなどを認定し、かかる状況においては、公害防止協定には明文の規定はないものの、その合理的解釈として、協定当事者である地元区に撤去請求権が認められると判示した。
第二に、判決は、個々の住民たる原告の請求もすべて認容した。すなわち、撤去請求権は、協定の当事者である地元区に帰属するが、協定調印者は、区に所属する住民の信託を受けて、或いは住民を代理して調印し、協定を成立させたものと認められるとして、個々の住民にも、協定に基づく撤去請求権が帰属することを認めた。
そして第三に、判決が、撤去請求権を認める理由中に、違法投棄が明白であるにもかかわらず、産廃富士ができるまで監督権限の行使を怠った奈良県の責任を指摘した点である。奈良県は、「仮置き」だと主張する業者の言い分を事実上容認し、何ら十分な監督権限の行使をしなかった。住民が業者と県を相手取って申請した公害調停に対しても、公害審査会の再三の要請にもかかわらず、一度も出頭しなかった。このような無責任な県の姿勢を、裁判所が断罪した意義は大きい。
判決後の動き
この判決は、異例にも撤去命令に仮執行宣言を付していたため、弁護団では代替執行の申立を準備していた。
ところが、その後業者は、撤去を命ぜられた廃棄物は「自社物」であるとして、処分場の下流に以前からあったと称する「自社処分場」に移動させることを明らかにした。県当局も、廃掃法上これを阻止できないとして静観する姿勢を明らかにしている。
しかし、処分場のさらなる拡張を阻止しようとしてきた住民にとって、これを認めることは事実上の処分場拡張を許すことに等しい。「仮置き」と称して違法投棄した物が、「自社物」に転化するというのも、明らかに不当である。これを認めれば、自社処分場に自社物以外の廃棄物を合法的に処分することを容認することになりかねない。
そのため、弁護団では、自社処分場への搬入禁止を求める新たな仮処分申立を行い、現在審理がなされている。
最後に
本判決は、明文の規定がない場合でも、協定違反の廃棄物について、協定当事者たる区と個々の住民に撤去請求権を認めた点において先例的価値を有する。今後の廃棄物をめぐる全国の闘いに活用されることを望むと共に、産廃富士の完全撤去に向けた活動に、全国の会員の智恵と協力を期待したい。
「田房ダム上流のゴルフ場事件」
広島地裁 HP(ヨ)第385号
弁護士 山田延廣(広島弁護士会)
一、着工禁止の仮処分決定
広島地方裁判所(能勢顯彦裁判官)は、一九九九年二月一日、田房ダム上流ゴルフ場建設工事着工禁止仮処分事件において、債務者滑ヤ組に対して金一〇〇〇万円を、債務者恋文字開発鰍ノ対して金五〇〇〇万円供託することを条件に、ゴルフ場建設禁止の仮処分事件では全国で初めてこれを認める決定を下した。
二、事件の内容と主張・立証
この事件は、この「環境と正義」一九九八年一〇月号のおいて報告したおとり、大手ゼネコンの滑ヤ組とその子会社恋文字開発鰍ェ、広島県東広島市にある水源池「田房ダム」の上流わずか数十メートルにゴルフ場を建設しようとすることに対して、近隣住民ら三一四名の者らがこれに反対して、工事着工禁止やこれの開発許可処分の取消など三件の訴訟を提起していたうちの一つである。
この仮処分事件では、合計八回に達する審尋が行われ、双方の学者や研究者らが七名に亘って意見を述べ合い、書証も双方が出し合う厳しい攻防が行われた。
この仮処分事件では、事の性格上、工事や農薬・肥料による水質汚濁、水量
の減少、工事による土砂災害等の有無が問題となり、科学論争の様相を帯びていた。住民側と債務者側の双方がお互いに学者の意見陳述により学問論争の体をなしてきていた。
このため、債権者である住民らは、単なる学問論争に終わらせてはならず、裁判官にゴルフ場の現状を見せるべきだと考え、近くの各ゴルフ場に出向き、排水路や溜池の水質の状況及び土砂崩れの状況をビデオに撮影してこれを審尋の場で検証してもらった(これが結果
的には、裁判官にゴルフ場の水質の汚染状況を眼に訴えることが出来て効果的であったと評価している)。
また、新聞記事や週刊誌によって、現在全国の各ゴルフ場の経営は苦しくなっており、工事に着手したとしても途中で工事を中止したまま放置されているゴルフ場開発地域が多数存在していることを立証し、このゴルフ場の開発に着手したとしても完成はおろか、完成しても営業を継続していくことは困難であることを強く主張した。
そして、債務者らに対して、このゴルフ場の建設に関する資金計画につき釈明を求めたが、債務者らはこの釈明には応じなかったが、結局は、これが決定に強く影響した。
三、仮処分決定の内容
広島地裁は、このダムの水は住民らの飲料水に利用されることを前提として、濁水や水量
が減少することに十分配慮して、@このゴルフ場開発には長期間を要するうえ斜面
の掘削を要することから濁水が田房ダムに流入するおそれがあること、A本件ゴルフ場建設によって広大な森林が伐採され、この保水能力が減少して水量
の減少をもたらすおそれがあるため、本案訴訟において専門家の判断を仰ぐべきである。B本件ゴルフ場は直下に飲料水源である田房ダムを控えており、このため債務者らは農薬被害等の防止のために、調整値や迂回路をもうける、低農薬管理を行うなどの主張を行っているところ、その管理維持に要する費用が高くなるのであるが、この資金力を裏付ける資料は全く提出されていないと判断したうえ、本案判決において十分審理するべきであるとして前述した仮処分決定を下したものである。
四、供託金の工面
この仮処分は前述したとおり、債務者らの為に合計金六、〇〇〇万円もの保証金の供託をすることを条件としているため、この決定が下されたとき、住民らは「こんな大金はどうして集められようか」と落胆したらしい。
しかし、私たち弁護団には、これは立派で良く考えた決定だと思った。この開発工事の中心である債務者滑ヤ組に対しては、金一、〇〇〇万円の供託金で済むようになされているからである。この金一、〇〇〇万円であれば無理をすれば集められる金額であり、これを供託してこの建設計画の本体である滑ヤ組の建設を中止させてしまえば、実質上、その子会社である恋文字開発鰍ヘ、到底単独では他に工事を委託することなど出来るはずはないからである。
このため、住民らには「金一〇〇〇万円だけはどうしても集めること、その集め方も、この決定を全国に報告し、全国からカンパを募ったらどうか」と提案した。
住民らもこれに元気付き、全国紙を通じてこの供託金のカンパを呼びかけることとした。すると、約二〇日の間に、金八〇〇万円を超えるカンパが集まってきたのである。
これにより、期限より二日前に無事、金一、〇〇〇万円の供託を終わり、決定を受け取ることが出来た。この住民らの供託の場面
が地元テレビや新聞などに大きく報道され、この訴訟の意義や住民たちの意識も大きく高まった。
五、その他
この直後に、奈良地裁五条支部において、吉野のゴルフ場件建設の本案訴訟においてこれ又全国で初めて建設禁止の判決が下されるに至った。
環境を守らなければならないという認識が裁判官にも浸透し始めたことを大きな喜びとしたい。
この仮処分の事件については、既に債務者らは不服として異議申立を行い、この異議審も始まる予定である。また、この仮処分の本案であるゴルフ場開発工事差止請求事件の裁判も既に始まっており、今後はこの事件と前記行政事件が本格的に進行していく予定である。
これらの訴訟についても勝訴をめざし、もはやこの国ではゴルフ場は要らないし作らせないという環境を作りたいと考えている。
今後もこの訴訟にご協力お願いしたい。
産廃処理施設(焼却炉)差止めの裁判 津地裁 情報公開請求事件
H6行ウ第8号 H9.6.19判決(確定)
津地裁 損害賠償請求事件 H5ワ第253号
H9.6.26判決(控訴)
名古屋高裁 損害賠償請求控訴事件
H10.12.22判決(控訴)
津地裁上野支部 操業禁止仮処分事件
H11.2.24決定
弁護士 村田正人(三重弁護士会)
三重県上野市の上野ニュ−タウンの裁判は四件の勝訴裁判を経てきた。
一件目は、産廃情報の公開を命じた津地裁決定(一九九七年六月一九日)で、事前協議段階であっても、産廃処理施設の情報が公開されることになり三重県の産廃情報公開は大きく前進した。
二件目は、野焼きによる健康・生活被害を認めて二人(上野ニュ−タウン自治会長夫婦)に各三〇万円の支払いを命じた津地裁判決(一九九七年六月一六日)(判例時報一六四五号掲載)で、名高裁判決(一九九八年一二月二二日)も産廃業者の控訴を棄却した。
三件目は、産廃焼却炉の操業停止を認める決定(一九九九年二月二四日)で、ニュ−スステ−ションで全国に報道された。産廃の焼却炉の差止決定としては、山梨県田富町の差止決定以来四件目であり、操業中の施設の差止めとしては、宮城県河北町に続いて二件目である。
上野ニュ−タウンの住民運動の経過と差止決定が何故勝ち取れたのか、また今後の見通
しについて述べてみたい。
上野ニュ−タウン自治会は、上野市郊外の丘陵地帯に開発された住宅団地であるが、常住者住民と週末を過ごすだけのセカンドハウス住民と土地所有だけの地権者を構成員としている。
一九八九年ころからひどくなった野焼きにより、野焼きによる煙やガスで、頭痛目痛、鼻痛、喉痛、胸痛などの被害が上野ニュ−タウン住民に出ていた。一九九二年七月の法改正で野焼きは中止されたが、業者が野焼きの代わりとして計画したのが大型焼却炉の建設であった。しかし、これだと三重県産業廃棄物処理指導要綱による自治会の同意が必要となるため、大型焼却炉に代えて、住民同意も三重県知事の許可も要らない自称「五・未満の焼却炉」(二炉一体)を建設したのである。
三重県上野保健所は焼却炉の処理能力は五・を越えているとの住民の指摘を無視し、許可なしで操業を開始させようとした。
上野ニュ−タウン自治会の住民が原告団結成集会を開いて仮処分申立に踏み切ったのは山梨県田富町と宮城県河北町の勝訴決定に励まされてのことであり、平成一〇年八月二八日のことである。
ところが、業者は、こともあろうに、仮処分決定の翌日から「煙モクモク」の操業を開始した。助燃バ−ナ−とサイクロンとがついている程度の焼却炉であるので、「煙モクモク」の操業がはじまると、野焼き当時よりもひどい被害が上野ニュ−タウン自治会を襲った。ダイオキシン類汚染以前の健康被害や生活被害が、差止めの根底にある。
住民の被害の立証活動は、次の三点であった。
第一は、被害日誌である。自治会長の妻の吉田ミサヲさんは、野焼き当時から詳細な被害日誌の記録し続けてきた。
第二は、ビデオテ−プによる撮影である。近くの職場に勤務していた住民は、勤務時間の合間に「煙モクモク」の操業の様子を撮影しつづけてきた。
第三は、科学的知識を有する住民の測定である。薬学博士の畠山光弘さんは、ザルツマン試薬による二酸化窒素濃度分布図の作成、年間を通
じての風向の測定、産廃焼却炉から流れてくる排ガスの流入経路図の作成、さらには、キットによるダイオキシン類の分布図の作成を行った。
業者は、排ガス中のダイオキシン類濃度は二・六ナノ・しかないとの測定値を提出したが、これに対して住民は、測定業者が煙突付近で作業をしている様子を撮影したビデオテ−プを提出した。その時は、「煙モクモク」ではなく、煙がほとんど出ておらず、普段とは違った特別
の運転をしていた。測定が終わると、再び、「煙モクモク」の運転が始まった。
二・六ナノ・は、この様に通常の運転とはいえない特別の操業時のサンプリングによる数値なのである。仮処分決定は、二・六ナノ・には触れていないが、取り上げるに値しない数値であると判断されたことは疑いない。 野焼き被害の再現と、住民の立証活動があいまって差止は認められた。
操業差止決定によって、業者の焼却炉は停止した。しかし、三重県の産業廃棄物対策課は八〇ナノ・以下のダイオキシン類濃度である適法な施設の停止はおかしいとして、裁判所の決定を疑問視する談話を発表した。そして、その後、平成一〇年一二月二六日に測定したとするダイオキシン類の排気ガス濃度は一ナノ・であったと公表したのである。このように、三重県の産業廃棄物対策課は、産廃業者への肩入れの姿勢を変えようとしないどころか、その応援にやっきである。三重県知事の態度に業をにやした住民は、平成一一年三月一一日、三重県庁前で、一時間座り込みの抗議行動を行ったが、司法判断軽視の三重県知事に対して、県内外の批判は強まっていくであろう。
産廃業者は、三重県の測定結果を根拠に、操業停止はおかしいとして保全異議と津地裁への回付を申し立てたため、保全異議事件は津地裁に回付されることとなった。
今後の保全異議事件は、一ナノ・の信用性が争点になっていくものと思われる。
裁判は、ダイオキシン類濃度の測定のあり方を問うものになっていくであろう。
ダイオキシン類濃度の測定は、測定値を低く報告できる測定業者ほど、産廃業者や地方公共団体からの引き合いが多いと言われている。測定に際しての住民の立会い権が認められなければ、到底、信頼のおける測定結果
とは言いがたい。現在、国会では、ダイオキシン類の排出規制や総量規制の議論がおきているが、ダイオキシン類の基準値の設定だけではなく、測定方法の信頼性の担保に関する法改正も同時に必要なのである。
立田村産業廃棄物処理施設建設禁止仮処分決定
名古屋地裁H10(ヨ)第682号
弁護士 兼松洋子(名古屋弁護士会)
一 仮処分決定の概要
名古屋地方裁判所は、1998年11月6日、愛知県海部郡立田村に建設が進められている産業廃棄物中間処理施設の建設工事差止仮処分命令申立に対し、住民の申立を相当と認め、建設禁止仮処分の決定を出した。本決定は、差し止めの期間を「一年間」と限定しているとの問題もあるが、本決定が、本件施設により排出されるダイオキシン等が住民の生命と健康を脅かす可能性があり、住民の人格権と財産権が侵害される蓋然性が大きいと判断したことは明瞭である。さらに、厚生省の新基準を満たすとして設置許可を受けた施設について初めて出された決定であり、画期的な意義を持つものといえる。
二 経過
立田村は、人口9000人足らずの小さな村で、土と水に恵まれた自然豊かなところである。1997年7月頃、廃プラスチック等の廃棄物処理施設建設計画が近隣住民の知るところとなった。本件施設は、敷地面
積2138.84u、施設の能力としては日量16dであり、民間の廃プラスチック焼却施設としては愛知県で2番目に大きい施設であるとのことであった。
本件施設の概要が明らかになるにつれて、その安全性に対する大きな疑念がわき起こった。そして、住民ら49名が公害調停を申請したが、調停の進行中にも本件施設建設が着工されようとしたので、1998年7月17日、住民ら303名が名古屋地方裁判所に対して同施設の建設差し止めを求める仮処分を申請した。その後、第2次申請として住民161名が同様の申請をし、総勢464名が当事者として参加した。
三 争点
ダイオキシンの主な発生源がゴミの焼却による焼却工程であること及びその猛毒性は、現在明らかになっている。
本件で債務者が、本件施設は新基準をみたして設置許可を受けた安全な施設であると主張するのに対して、債権者らは、ダイオキシンの危険性一般
について強調するとともに、たとえ本件施設につき設置許可が下りているとしても、施設の運用、維持、管理方法ないし事業主体いかんによっては、ダイオキシンが発生し、被害が生ずるのだと主張した。ところで本件事業主体である債務者は、岐阜県を本社所在地とし、廃棄物処理業等を目的とした株式会社であるが、代表者や本店所在地を短期間にころころ替わったり、同社の実質的な経営者として浮かび上がっているのが元暴力団幹部と報道されているなど、得体が知れず、かつ暴力団との深いつながりが認められる会社であり、その信用性については大きな疑念をいだかざるを得ない。このような会社が事業主体であれば、安全性を確保できないことは明白である。本件施設がダイオキシン等を排出させる危険な施設であることはこれらにより明らかである。さらに、債務者は、本件施設で「破砕機を使用する、分別
を徹底する、リサイクル構想がある」等、物理的にも採算上も到底不可能な無責任な主張をしてきた。
弁護団4名は、廃棄物処理場問題の実態把握に努め、債務者の主張に対し事実をもって反論した。
四 同年10月6日、名古屋地方裁判所に本案訴訟を提起した。
仮処分決定後、保全異議は出ず、現在本案訴訟にて係争中である。訴訟も本格的な主張の応酬が始まり、緊迫の度合いが高まってきている。全国の皆様の応援とご協力をぜひお願い申し上げます。
エゾシカ衝突事件
札幌地裁H8(ワ)第3070号
札幌高裁H11(ネ)第19号
弁護士 市川守弘(札幌弁護士会)
雨の高速道路を夜間走行中に目の前に200キロを超えるエゾシカがいたら、あなたならどうしますか?
95年10月27日、小樽でタクシーが乗客を乗せたまま、エゾシカを避けることもできずに衝突しました。幸い物損ですみましたが、道路を管理する日本道路公団は野生動物のと衝突は運転手の責任で、公団に責任はないとしたため、国家賠償法に基づき提訴しました。
高速道路が日本の山間部に縦横に伸びるようになり、野生生物との交通事故はそれに比例するように増加しています。これは野生生物の生息地を道路が分断することによりますが、コリドーなどを設置せず、いたずらに道路建設のみに力を注いだ結果
です。このため野生生物と人間の両方が生命の危機にさらされています。
本件では、高速道路に防護フェンスなどの進入防護設備のないことが工作物の瑕疵にあたるかを唯一の争点としていました。一番の論点はエゾシカの生息地という予測が可能であったかどうかでしたが、公団側の証人尋問によって明確に肯定されました。判決は防護フェンスの設置のないことは瑕疵あたるとして、全額賠償を認めました。将来的には防護フェンスの設置は不可避的にアンダーパスなどのコリドーの設置が求められるでしょう。なぜなら、生息地を完全に分断してしまうことが確実なので絶滅の危険性が高まるからです。欧米のように生息地の保護を目的とした「正しい保護管理政策」が急務となっています。
吉野桜ゴルフ場建設工事差止判決 奈良地方裁判所葛城支部
平成四年(ワ)第一二二号、平成四年(ワ)二七〇号、平成六年(ワ)第六〇号
弁護士 北岡秀晃(奈良弁護士会)
はじめに
日本人の心の故郷「吉野」。吉野山の真横に計画されたゴルフ場の建設工事差止訴訟は、一九九二年五月に提起された。それから約七年。本年三月二四日、奈良地裁葛城支部は、ゴルフ場建設工事の差止を命ずる画期的な原告勝訴の判決を言い渡した。
差止請求権の構成
本件訴訟において、弁護団は、地元住民の人格権や水利権そして歴史的環境権を差止請求権として構成し、ゴルフ場建設工事によって、地滑り、洪水・土石流等の災害発生のおそれがあり人格権や水利権を侵害すること、そして吉野山の歴史的環境を著しく侵害することを主張立証してきた。
具体的には、国土問題研究会など専門学者の協力を得て、予定地が地滑り多発地帯に位
置すること、治水計画において、調整池からの放流量の計算が下流河川の流過能力を大幅に超えており、計画対象降雨内の雨であっても下流河川で相当の溢水が生ずることを明らかにしてきた。
他方、法学者を証人として歴史的環境権の権利性を明らかにしつつ、吉野の歴史的環境の重要性を訴えるため、吉野の自然、歴史、山岳宗教、文学を紹介し、景観との一体性、類い希な重要性を主張立証してきた。
波瀾万丈の経過〜特に印紙問題
提訴からの七年間には実に様々なことがあった。
その第一は、提訴後の九二年末、奈良県がこの吉野桜ゴルフ場の開発許可を行ったことである。抜き打ち的に県は、一気に四件のゴルフ場開発を許可した。要綱の総量
規制を無視してである。
第二は、印紙問題である。本件訴訟は、第一次、第二次と提訴され原告数は約二四〇〇名となったが、数度の口頭弁論を経た後、裁判所は合計六一九万円もの手数料の追納命令を発し、これを拒否した多数の原告の訴えを却下した。差止請求権の訴額は算定不能であり九五万円と考えて良いが、これは原告一人一人にとって別
個のものであるから、すべてを合算して六一九万円の手数料額を算出したのである。
しかし、原告それぞれに差止請求権があるとしても、請求による利益は別個独立のものではなくすべてに共通
する。従って訴額は合算するのではなく、全体として九五万円と考えるべきである。裁判所の考え方は、事実上原告らの裁判を受ける権利を侵害するものである。
そう考えた弁護団は、控訴の手続をとり、民訴学者らの協力を得て、右の点を徹底して主張した。その結果
、大阪高裁は、九三年一二月、原判決を取り消し事件を差し戻す逆転勝利の判決を行った。全国各地で同種の問題が起こる中で、これはきわめて画期的な成果
である(判例時報一五〇三号八五頁を参照)。
その三は、ゴルフ場建設業者である村本建設が、九三年一一月に会社更生法の適用を申請し、事実上倒産するに至ったことである。これによって建設工事は事実上中断し、細々としか工事は進まなくなった。
差止判決の内容
裁判所は、判決において、予定地の下流河川沿いに居住する住民六名と水利権者ら二九名の請求を認め、本件ゴルフ場建設工事をしてはならないと命じた。
その理由は、業者の治水計画が安全性の点で不十分であって、下流にかなりの溢水を生じるおそれがあり、住民の居住建物を倒壊させるなど生命、身体等に対する重大な権利侵害の危険が認められ、これは人格権や水利権を受忍限度を超えて侵害するものだという点にある。具体的には、調整池からの放流量
算出にあたって、余裕高を考慮せず、誤った粗度係数を用いて計算しているほか、調整池を経ずに直接下流に流出する流量
を考慮していないことを指摘し、業者の治水計画を前提に調整池から放流すれば、計画対象降雨の範囲内の降雨であっても、下流域でかなりの洪水が発生する危険性があることを明確に認めている。
他方判決は、本件予定地の地質上の問題点については、適正な施工方法をとることで地滑りの危険は回避できるとし、歴史的環境権についても、少なくとも現時点では、差止請求の根拠となる法的権利としての成熟性に欠けるとして、この点に関する原告の主張を排斥した。
勝訴の要因
差止判決を勝ち取ることができた第一の要因は、やはり専門学者の協力を得て、意見書や証人尋問によって治水計画の問題点を集中的かつ具体的に攻めることができたことにある。これに対して、被告側が、立証責任は原告にあるという基本的姿勢を崩さず、積極的な反証など安全性に関する立証をしようとしなかったことも大きく影響していると思われる。
また、村本建設が倒産し、工事自体が遅々として進まず、完成の見込みすらも立っていないことが、裁判所の勇気ある判断につながったものと思われる。
地元住民らは、提訴から勝利を目指して奮闘してきた。署名や学者文化人アピールなどが取り組まれたほか、運動の中で、女性を中心に「吉野を愛する会」が結成され、美しい葉書を作るなどして心ある人々への訴えを続けてきた。またリーフを作成して、運動への支援を呼び掛ける取組みも行ってきた。さらに学者を中心に、予定地を「万葉植物園」として再生させる構想が持ち上がった。残念ながら、運動は大きな広がりを作るまでには至っていないが、吉野を愛する県民や学者文化人の願いが署名やアピール等を通
じて裁判所に勇気を与えたことは確かだと思われる。
完全勝利に向けて
判決を受けて業者は控訴の手続をとり、裁判の舞台は大阪高裁に移る。
裁判所の勇気ある判決に対し、これに応えてゴルフ場の完全撤退を実現し、貴重な歴史的環境を再生させるのは、我々の責務である。そのため控訴審での取り組みを強化するほか、予定地の買い取り保全に向けた県や町などへの要請を一層強化していくことを検討中である。是非とも、様々な面
で全国の弁護士の支援を求める次第である。
毒性実験データの提出命令ー残留農薬基準取消等請求事件
東京高等裁判所第二民事部 本案平成九年(行コ)第六九号
提出命令平成一〇年(行タ)第一九号
弁護士 神山美智子(東京弁護士会)
はじめに
農薬は農水大臣の登録を受けて販売される物質であるが、流通する食品中の残留農薬は、食品衛生法に基づき厚生大臣が規制する。農薬登録も残留基準設定も、メーカーの毒性データに基づき、審議会で審議して決定することになっている。しかし実際は、原案どおりの結論になることを誰でも知っている。
これまで農薬の毒性実験データは、企業秘密として一切公表されてこなかった。九五年の食品衛生法改正までは、厚生大臣さえ自由に入手することが困難だったほどだ。
緩やかな残留農薬基準設定
わが国は食料自給率が低く、食品輸入が急増するなか、九〇年ころから、諸外国で行われているポストハーベスト(収穫後)農薬使用が社会問題となった。しかし当時農薬残留基準が少なく、この取り締まりに的確に対応できなかった。総務庁は早急に基準を整備するよう厚生大臣に行政勧告したが、一方アメリカ政府は、ポストハーベストを公認している国際基準を受け入れるよう日本政府に求めてきた。
こうしたなかで九一年秋から、残留基準設定作業が開始されたが、その暮れに公表された基準案は驚くべき内容だった。
ばれいしょの芽止め用除草剤クロルプロファムの残留基準は、国内使用のそれの何と一〇〇〇倍緩やかであり、後に提出命令を求めた有機リン系殺虫剤フェニトロチオンの小麦への残留基準は、米のそれの五〇倍、最終食品である小麦粉さえ五倍などという数値が並んでいた。しかしこれらは九二年一〇月正式に告示されてしまった。
また九〇年から違法に使用されていたかんきつ類のかび防止剤(殺菌剤)イマザリルが、九二年一一月食品添加物に指定されたが、イマザリルは急性毒性と残留性が高く、アメリカで男性用の飲む避妊薬(殺精子剤)として特許を取得している物質の仲間である。
訴訟提起と一審敗訴
わが国には、こうした行政決定に異議を申し立てる制度はないので、九二年一一月約二〇〇名の原告が、処分取消と健康権侵害による国家賠償請求の訴訟を提起した。
一審では多数の文献と証人により残留農薬の有害性と、基準決定の違法性を主張立証したが、裁判所は九七年四月、原告側の主張立証をすべて退ける判決をした。動物実験でガンを誘発する物質は、人間にも有害のおそれがあるという世界の常識さえ否定し、国民に健康権があるという主張も認めなかった。有機リン農薬の慢性毒性に関する日本の先進的研究をアメリカが追認して規制に取り入れようとしていることさえ逆に判断した。
控訴と文書提出命令
原告たちは控訴したが、その年五月、「奪われし未来」が出版され、いわゆる環境ホルモン問題が日本を震撼させた。環境庁のまとめたリストに、本件で対象としている農薬がいくつも含まれていた。またアメリカでフェニトロチオンの見直しが行われ、ADI(一日摂取許容量
)が従来の約四分の一に切り下げられていたことも判明した。基準設定当時厚生大臣は、ADIを超えないことを唯一の指標としたと説明し、本訴でも主張していたのに、それが四分の一になれば超えてしまう。
そこでフェニトロチオンの毒性データが重要となった。
日米で同じデータを使用したのか、同じならなぜ評価が違うのか、データそのものを専門家に見てもらい意見を求める必要が生じた。厚生省に行けば閲覧できるが、コピーも全文手書きも許されていない。
昨年民事訴訟法が改正され、文書提出が一般義務化されたが、公文書の提出義務が見送られたので、控訴人らは原データ所持者の住友化学工業に対し提出を求めた。
裁判所は審尋を行い、送られたデータにつきインカメラ手続きをした結果、本年四月一五日提出を命ずるすばらしい決定をした。
本案の審理に本件データを記載した文書は必要であり、膨大な数字は、閲覧による記憶だけで専門家の意見も準備書面
も書けないというものである。国と住友化学側は本件文書を「技術または職業の秘密に関する事項」に当たり、この文書が流出すると規制の緩やかな外国で違法に農薬登録され、住友化学が莫大な損害を被ると主張した。このデータには約十億円の費用がかかっており、年間六十億の売り上げがあるとのことである。
これに対し裁判所は、閲覧を許している以上秘密ではなく、仮に流出しても住友化学が職業を継続できないほどの損害を被るとは考えられないとして、この主張を否定した。住友化学側は抗告許可の申し立てをしたがこれも却下された。
ところがいったん文書が到着すると、裁判所は一転して消極姿勢に転じた。「提出された文書は証拠ではない、当事者と専門家一名にしか見せない、専門家の意見書にも丸ごと引用しない、訴訟終了後破棄する。」などの条件をつけ、ようやく謄写
を許可したのである。これは第三者である住友化学への配慮である。
しかし住友化学は、「本件文書は東京高等裁判所の四月一五日付命令により提出したもので、他用途への流用を禁止する」旨の英語のゴム印をわざわざ作り、各頁に赤いスタンプインクで押して提出してきたのである。このため謄写
に非常な手間がかかった。
この決定により、一般国民である控訴人が農薬の毒性データを、日本で初めて手にしたのである。現在専門家によって分析されているところである。
この結果をもとに、日本の農薬評価のずさんさを証明したいと切望している。
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