『環境と正義』 Victory 2003

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■このページの目次
No.57.2003.1/2月号 2003.04.06
住民監査請求期間一年を徒過した場合の「正当な理由」に関する最高裁の新判例を紹介
        村井豊明 (京都弁護士会)
No.58.2003.3月号
ナホトカ号事件 籠橋隆明(名古屋弁護士会)

No.59.2003.4月号
「人間の生存」の重みを受けとめたもんじゅ訴訟逆転勝訴判決
        島田 広 (福井弁護士会)
No.60.2003.5月号 2003.04.24
豊郷小学校校舎解体医禁止仮処分決定―  吉原稔 (滋賀弁護士会)

No.60.2003.5月号  2003.04.24
大学通りマンション建設事件 前編   河東宗文 (東京弁護士会)

No.61.2003.6月号  2003.06.09
大学通りマンション建設事件 後編   河東宗文 (東京弁護士会)

No.61.2003.6月号  2003.06.09
ポンポン山住民訴訟 藤浦龍治(京都弁護士会)

No.62.2003.7月号 2003.07.18
11年操業産廃焼却炉操業禁止判決 松村文夫 (長野県弁護士会)

No.63.2003.8/9月号 2003.08.20
完全勝利! 川辺川利水訴訟控訴審判決 (国宗直子 熊本弁護士会)

No.63.2003.8/9月号 2003.08.20
バイオ施設の危険性に警鐘 =情報公開訴訟で原告逆転勝訴= (高江俊名 大阪弁護士会)

No.64.2003.10月号 2003.10.24
やんばる住民訴訟第一審判決 住民側ほぼ全面勝訴 (弁護団長 大西裕子 大阪弁護士会)

No.66.2003.12月号 2004.1.20

立田村産業廃棄物処理施設訴訟 (兼松洋子:名古屋弁護士会)



No.57.2003.1/2月号 2003.04.06
住民監査請求期間一年を徒過した場合の「正当な理由」に関する最高裁の新判例
                       弁護士  村井豊明 (京都弁護士会)

さる九月十二日に、最高裁は、住民監査請求期間1年を徒過した場合の「正当な理由」について新しい判決を言渡したので紹介します。

1 事案の概要
 @ 京都市は、一九八八年(昭和六三年)度に、同和対策室長に対し、「民生事業」「報償」の名目で三四〇万円を次の通 り三回に分けて支出した(いわゆる「つかみ金」)。
     五月二三日   一二〇万円
     八月一〇日   一〇〇万円
    一二月一四日   一二〇万円
 A 一九八九年(平成元年)一二月十一日、京都市議会普通決算特別委員会において、一九八八年度中に報償費名目で民生局同和対策室長あてに三回に分けてされた計三四〇万円の各支出は領収書等がなく使途を明らかにしないまま行なわれた不明朗な支出であると指摘され、そのことが翌十二月十二日の毎日新聞、朝日新聞で報道された。
 B 一九八九年(平成元年)十二月十二日、京都市議会厚生委員会において、一九八八年度決算の中に報償費名目で民生局同和対策室長あてにされた計三四〇万円の各支出は領収書等がないまま行われた不明朗な支出であると指摘され、そのことが翌十二月十三日の京都新聞で報道された。
 C 一九九〇年(平成二年)二月一七日、原告らが京都市監査事務局へ赴き、監査請求書と事実調査報告書を提出しようとしたが、監査事務局は、監査請求期間を徒過したことについて「正当な理由」があることの疎明がないと言って、受理しなかった。
 D 一九九〇年(平成二年)三月七日、原告らは、監査請求書、事実調査報告書及び事実調査報告書(その2)を配達証明付き書留郵便で京都市監査事務局へ送付した。
 E 一九九〇年(平成二年)三月三〇日、京都市監査委員は、本件監査請求が、住民監査請求をなし得る期間を経過して提出されたことに、地方自治法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」があるとは認められないとして、本件監査請求を却下した。
 F 一九九〇年(平成二年)四月二七日、原告らは京都地裁に本件住民訴訟を提起した。
 G 京都地裁での審理の中で、被告側は、三四〇万円の使途として、領収証や支出明細書を提出した。その使途の殆どは飲食代であり、領収証がないものも多数あった。領収証も宛名は「上様」が殆どで、宛名がない領収証も多数あった。そして、誰が誰とどんな内容の会合をしたかは具体的には一切明らかにされなかった。
 H 一九九七年(平成九年)一月一七日、京都地裁は、訴えを却下する判決を言渡した。理由は、新聞報道(平成元年十二月十三日)から二ヶ月以上を経過した平成二年三月七日になした本件住民監査請求は、知ることができた時期から相当な期間内になされたとはいえないので、「正当な理由」はないというものであった。
 I 一九九七年(平成九年)一月三一日、原告らは、大阪高裁へ控訴を提起した。
 J 一九九七年(平成九年)十一月一九日、大阪高裁は、京都地裁判決中、一部の支出金に関する部分を取り消し、その部分を京都地裁に差し戻し、その他の部分に関しては控訴を棄却する旨の判決を言渡した。
   大阪高裁は、監査請求の起算日は、本件各支出行為(同和対策室長に対する支出)がなされた日ではなく、本件各支出金をもって第三者に対する支払いを終了した日を基準とするとして、住民監査請求より一年以内の第三者に対する支払い部分に関する審理を京都地裁に差し戻したのである。
   しかし、大阪高裁は、地方自治法二四二条二項ただし書にいう「正当な理由」が認められるためには、本件各支出決定・支出命令に係る支出が秘密裡になされたことが必要であるとして、最高裁昭和六三年四月二二日判決を引用したのである。そして、本件各支出行為が秘密裡にされたということはできないので、「正当な理由」がないとして、上記以外の部分については訴えを却下した京都地裁判決を支持したのである。
 K 一審原告・一審被告の双方が上告した。
2 最高裁判決の意義について
  最高裁は、二〇〇二年(平成一四年)九月十二日、原判決を破棄し、大阪高裁へ差し戻す判決を言渡した。
  判決は、地方自治法二四二条二項但書きにいう「正当な理由」が認められる場合というのは、「当該行為が秘密裡にされた場合に限らず、普通 地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は内容を知ることができなかった場合にも同様であると解すべきである。したがって、そのような場合には,上記正当な理由の有無は,特段の事情のない限り、普通 地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである。」と判示した。
そして、判決は、「第一審原告らは、平成二年二月一七日に監査請求書及び事実報告書を提出しようとしたが、受理されなかったために、同年三月七日に配達証明付き書留郵便でこれらの書類を送付して本件監査請求をしたというのである。仮にそのような事実があるとすれば、平成元年十二月十三日(新聞報道)を基準とする限り、相当な期間内に監査請求がなされたものということができる」として、原判決を破棄し、事件を大阪高裁に差し戻したのである。
  この新判例は、住民監査請求期間1年を過ぎてからでも広く住民監査請求を認めるもので、住民にとって大変重要な意義を有している。これまでの下級審は、本件の原判決のように、昭和六十三年四月二二日判決の趣旨を狭く解するものが多く、「秘密裡」という言葉が一人歩きしていた。しかし、最高裁は、自ら下級審の誤りを正し、「秘密裡」は要件ではないことを明確にした。すなわち、最高裁は、会計文書等に偽造や隠蔽がなくとも、住民が新聞報道などで特定の財務会計行為の存在及び内容を知ることができたときから概ね2ヶ月以内に住民監査請求をすれば、「正当な理由」があるとしたのである。
  提訴から十二年経って、やっと本案の門が開けたという感がする。この種の行政訴訟や住民訴訟では、門前払いの判決が多く、本案に入るのに大変苦労している。司法改革では、是非ともこのような弊害を是正してもらいたい。

No.58.2003.3月号

ナホトカ号事件 (籠橋隆明:名古屋弁護士会)

ナホトカ号事件において油濁汚染除去に貢献したボランティア団体「丹後ボランティアネット」に対して油濁基金などより海岸浄化への貢献が評価されて和解し、NGOの活動費用が損失補償金として支払われたので報告する。

一 ナホトカ号事件の経過
 一九九七年一月二日未明、大しけの日本海(島根県隠岐島沖)において、重油を積んで上海からペトロパブロフスクへ航行中の、プリスコトラフィック社所有のロシア船籍タンカー「ナホトカ」号(建造後二六年経過)に破断事故が発生し、流出した重油で日本海が重油で真っ黒に汚濁された。船体は水深約二、五〇〇mの海底に沈没したが、船体から分離した船首部分は強い北西季節風にあおられて漂流し、一月七日、越前加賀海岸国定公園内の福井県三国町安島沖に座礁 した。積み荷の重油は、約六、二四〇キロリットルが海上に流出し、海底に沈んだ船体の油タンクに残る重油約一二、五〇〇キロリットルの一部もその後も漏出を続けた。海上に流出した重油は日本海沿岸の一府八県(島根、鳥取、兵庫、京都、福井、石川、新潟、山形、秋田)の沿岸域を汚染して住民等に甚大な被害をもたらした。

二 現場の混乱と
    ボランティアの活躍

 海の管理区分は複雑である。海は海上保安庁が所轄する。砂浜などの海と陸との連続部分は自然公物であるから国機関としての都道府県知事が管理する。河口付近は原則として国土交通 大臣(当時建設省)が担当している。適用される法律も自然海岸、人工海岸、港、漁港、河口などについて異なり管理者も分かれている。本件について政府は人災であるという立場から加害者責任を強調し、災害として自らの責任において積極策を打ち出すことに躊躇した。
 以上のように沿岸管理の複雑な状況及び政府の対応のまずさから現場は非常に混乱した。そんな中、ボランティアが自覚的に活動を展開して政府、自治体では到底できない活動を展開していったのである。重油回収作業は一月八日からは始まり、福井県では約一六万人、石川県で二〇万人を越える人々が被災地域ばかりでなく全国各地から続々と集まり活動を展開した。阪神大震災時でもそうであったが、ボランティアはけっして政府や自治体の補完物ではない。彼らは行政とは全く異なった発想の異なったスタイルによって独自に油濁除去に貢献した。ボランティア団体はインターネットで全国に参加呼びかけ、助成金などを利用して(多くは身銭を切っていたが)事務所、用具を整え、さらに無給で献身的に働いたのである。
 本件の原告である「丹後ボランティアネット」は、琴引浜を守る会、峰山JC、網野町商工会、網野町社協、丹後情報倶楽部、個人が集まり、一月二三日に京都府網野町に設立された。ホームページなどで広くボランティアを呼びかけ、地元にあってボランティアの手配やその安全への配慮、地元の油濁状況の情報提供などを行っていた。

三 油濁事故と
 損失補償(本件の法的根拠)

 油濁事件では通常@船主の賠償責任、A船主が加入する船主責任相互保険(P&I保険)、B国際油濁保障基金による損失補償がある。Bは「油による汚染損害の補償のための国際基金の設立に関する条約」に基づき荷主に責任を負担させる制度で、年間一五万トン以上扱う企業の拠出によって基金が設立されている。詳しくは省くがAは保険である以上@の責任の存在を前提としている。@は条約により無過失責任が定められているがその分責任限度額が存在する。Bは@、Aによって補償されない損失に対して賠償される仕組みである。これらの@、A、Bの請求についてはいずれも被災国の裁判所に管轄があり、我が国では油濁に関する条約を受けて定められた油濁損害賠償補償法などにより被災地などに管轄がある旨定めている。これらの詳細は国土交通 省のウェッブサイトでも紹介されている。※

四 原告の貢献と補償の範囲
 原告は現場の情報を発し続けて全国に情報を提供するとともに、情報を得て全国から集まるボランティアをコーディネートし適切に配置した。油濁除去実施の場所、天候の判断、保険など原告はボランティアの安全管理にも注意を払った。本件は原告が油濁除去に貢献するために活動した費用、とりわけスタッフの人件費が補償の範囲かどうかが争われた。
 前記@〜Bの基金、保険による補償の範囲は直接的損害ばかりでなく、除去費用なども含む。さらに人の損害ばかりでなく環境の損害、自然復元費用も含まれている。ボランティアの活動自体は補償の対象となることは当然であるが(この場合はボラティアの交通 費及び日当)、ボランティアをコーディネートするNGOの活動資金については補償の範囲となるかは不明である。しかし、原告のようなNGOの活動が油濁除去に貢献したことは明らかである。こうしたボランティアのための活動家が無償でなければならない必然性はない。我々は、被告ら(船主、P&I保険、基金)とねばり強く交渉し、結局以下の内容の文書を入れさせた上で和解した。

五 この事件の教訓
 公共性の視座の転換が叫ばれて久しい。公共性とは単に国家的利益というものではなく様々な質と内容をもったものがある。それに応じて公共の実現者は国家ばかりでなくNGOをも含めて考えられなければならない。ナホトカ号事件で活躍したボランティア及びそのためのNGOは市民の側からの公共の実現者であった。そのような公共的活動に対して有益であると認定され活動費が補償金として支払われた結果 の意義は大きい。
 本来、個々のボランティアの日当、交通費といった補償金は基金などから支払われる仕組みである。この点についての法的知識が不十分であったためボランティアに対する補償金は請求されず、そのまま船主、保険組合、基金の利益となってしまった。これらの補償金が請求され、例えばNGOにその金員が寄付されていたとしたら、NGOはさらに活動の領域を広げることができたであろう。
 ともかくも、今回の和解ではボランティアの活動を支えるNGOの活動資金まで補償の対象となったのであるから今後の類似の事件では大いに活用されることを期待したい。

※国土交通省HP:http://www.mlit.go.jp/kaiji/yudaku/yudaku.htm 本紙掲載写真も本HPより引用

 

No.59.2003.4月号 2003.04.06

「人間の生存」の重みを受けとめたもんじゅ訴訟逆転勝訴判決
                          島田 広 (福井弁護士会)

はじめに
 二〇〇三年一月二七日、名古屋高等裁判所金沢支部は、内閣総理大臣が動燃(当時、以下同じ)に対して一九八三年五月二七日付でした、もんじゅに係る原子炉設置許可処分の無効を確認する画期的判決を下しました(判決文は原子力資料情報室のホームページhttp://www.cnic.or.jp/index.html参照)。
 一九八五年九月の提訴後、原告らは、地裁で二度にわたって屈辱的な敗訴判決を受けました。一度目は一九八七年一二月、周辺住民の原告適格を否定した門前払い判決でした。最高裁で周辺住民の原告適格を認めさせ、審理差戻しの勝利判決を得たものの、差戻し審である福井地裁は、二〇〇〇年三月、再び原告敗訴の判決を下しました。この地裁審理の途中の一九九五年一二月にはナトリウム漏れ・火災事故がもんじゅで発生しましたが、判決はこの事故がより深刻な爆発事故に発展する可能性を認めながら、詳細設計段階で対処が可能であるから問題ないという、極めて無責任な内容でした。
 今回、提訴以来一七年あまりの時を経て、許可処分無効という画期的な逆転勝訴判決を得られたことで、原告団も弁護団も長年の苦労が報われた思いです。

本判決の争点と
      裁判所の判断手法

 本判決の争点は、もんじゅに対する原子炉設置許可処分における、原子炉等規制法二四条一項三号(技術的能力)、四号(原子炉施設の位 置、構造及び設備が災害防止上支障ないものであること)の要件適合性判断に誤りがないかどうかであり、具体的には上記四号を具体化して定められた「高速増殖炉の安全性の評価の考え方について」等の基準の適合性判断に誤りがないかが争われました。
 判決の特徴は、上記の判断を行うにあたって、「過程統制方式」を基本に判断した点にあります。これは、裁判所が安全委員会に代わって安全審査を一からやり直すのではなく、原子力安全委員会の調査審議及び判断過程に看過し難い過誤、欠落がないかを精査するという方式であり、最高裁伊方原発訴訟判決が採用した審査方法です。
 この点で福井地裁の判例違反は明らかでした。安全審査を経ていない動燃の「改善策」を前提にして安全審査に問題なしとの判断を行ったからです。
 これに対して高裁は、安全委員会の審査の過程を慎重に検討し、次の三点において審査は違法であるとしました。
違法判断の三つのポイント
 (一)二次冷却材漏えい事故対策についての審査の瑕疵
 もんじゅで冷却材として使用されているナトリウムが配管から漏れた場合、ナトリウムがコンクリートと直接接触するとコンクリート中の水分との間で爆発的反応を起こすことから、これを防ぐためにコンクリートの床の上に鉄製床ライナ(厚さ六ミリの鉄板)を敷く、というのがもんじゅの基本設計でした。
 ところが、ナトリウム漏れ事故後に動燃が行った再現実験では、漏れたナトリウムの燃焼に伴って床ライナが腐食して穴があき(溶融塩型腐食)、コンクリートとナトリウムが反応して小規模な水素爆発を起こしていました。
 このような溶融塩型腐食を考慮せずになされた安全審査には看過しがたい過誤があるとされたのです。
 また、ナトリウム漏れ事故の際の床ライナの温度上昇についても、安全審査では五三〇度の設計温度を上回らないとされたのに、再現実験ではこれを二〇〇度以上も上回る結果 となっていた点も、安全審査の瑕疵と認定されました。
 (二)蒸気発生器伝熱管破損事故対策についての審査の瑕疵
 第二に違法とされたのは、伝熱管の高温ラプチャ型破損により瞬時に伝熱管大量破断が生じる可能性を否定できないのに、これを考慮していなかったことです。
 蒸気発生器において水がナトリウムのプールの中を通過する伝熱管の破断は、大規模な水素爆発につながる重大事故です。
 ところが動燃は、内部の実験では高温ラプチャという大規模な伝熱管破断事故が起きていたにも関わらず安全委員会に報告せず、安全委員会もこの点を審査しなかったのです。
 (三)炉心崩壊事故対策についての審査の瑕疵
 第三に、事故時に生ずる機械的エネルギーの評価に重大な欠落があることです。
 ここでも動燃は、炉心崩壊事故の場合に生じる機械的エネルギーについて解析結果 の中に最大九二〇MJ(メガジュール)というデータがあったにも関わらずこれを報告せず、安全審査においても三二〇MJを最大の機械的エネルギーとして審査がなされていました。高裁は、アメリカやドイツでは一〇〇〇MJ前後の数値を用いていたことも踏まえ、本件安全審査を違法と判断しました。

「重大違法」の放置は許されない―「明白性」の基準は不要
 一般に行政行為の無効要件とされる違法の「重大・明白性」について、判決は周辺住民の生存の利益に比べれば、政策的な利益や原発関連業者の利益などは比較の対象にもならないとして、第三者の信頼保護のための要件である「明白性」の要件は、本件では不要と明確に判示しました。
 既に最判昭和四八年四月二六日(民集二七巻三号六二九頁)も明白性に触れることなく無効判決を下していましたが、原発訴訟についてこのような判断がなされたのは初めてで、裁判所の人命重視の姿勢を示す重要な判断と言えます。

国は安全審査をやり直し、
危険なもんじゅを廃炉にすべき

 判決は「本件安全審査は全面的やり直しを必要としている」と述べ、国に安全審査のやり直しを厳しく求めましたが、国は判決のわずか四日後に上告受理申立を行いました。国は高裁判決が明白性の要件を不要としたことを判例違反と非難し、また「技術的には起こるとは考えられない事象」である炉心崩壊事故についてまで厳密に審査しろというのはおかしいという説明を、国会議員等に行っているようです。
 しかし、「技術的には起こるとは考えられない事象」というのは動燃の勝手な命名であり、「安全性評価の考え方」によれば炉心崩壊事故についても安全審査の対象となることは明らかです。国による高裁判決批判は意図的な事実のねじ曲げです。
 弁護団は、今後も原告とともに、安全審査の全面的やり直し、さらには高裁の審理の中でもその危険性が明らかにされたもんじゅの速やかな廃炉を求め、上告審を闘います。全国の会員の一層のご協力をお願いします。

 


No.60.2003.5月号 2003.04.24
文化財を守る闘いが町政民主化へ進む
―豊郷小学校校舎解体医禁止仮処分決定―
     吉原稔 (滋賀弁護士会)


一 一昨年末から、豊郷小学校の保存改修か、解体新築かをめぐる運動、地方の利権がらみの悪徳無法町長との戦いに明け暮れた。

二 豊郷小学校は、近江商人である郷土出身の「丸紅」重役・古川鉄治郎氏が郷土への恩返しにと昭和一二年に寄付してできた建物で、私財の三分の二、六〇万円をかけ、当時再建された大阪城天守閣の建造費四七万円に匹敵する事業だった。近江八幡市に在住した米人宣教師で建築家メレル・ヴォーリズ(日本に帰化)が設計し、竹中工務店が施工した、鉄筋コンクリートの「白亜の殿堂」「東洋一の小学校」であり、登録有形文化財の価値がある。

三 この建物が、築後六五年が経ち、老朽化したという理由で、町長は講堂と本校舎の解体新築を決定した。(図書館だけは保存)。一昨年九月議会で講堂の解体工事予算を議決し、すぐに業者と解体工事契約を結んだため、直ちに、地方自治法二四二条の二の工事差し止め、公金支出禁止の住民訴訟を本案とする講堂の解体工事差し止め仮処分を申請した。
 昨年一月二四日には、大津地裁で講堂の解体禁止の仮処分決定が出され、六月一四日にはそれに対する異議決定で住民側の仮処分が認可され、それに対する町長の保全抗告、本訴の提起、八月には第二次仮処分(校舎解体禁止)と裁判が係属し、一二月一九日には本校舎の解体差止の仮処分決定がでた。ところが、その翌日の二〇日に町長が仮処分を無視して、校舎の解体に着手したため、大問題となり、直ちに保全執行としての間接強制を申立て、建造物損壊罪で町長を告訴した(解体禁止の仮処分決定は、刑法二六二条の「差押」にあたり、また、校舎は教育財産であって、地方教育行政法によれば、公用廃止前の教育財産の管理権は教育委員会にあって、町長にはない。そこで、建造物は自己のものではなく「他人の物」にあたる。)。そして、二四日にはついに町長は校舎の保存を決定し、運動は一応勝利した。しかし、町長は現校舎を解体しないが、立腐らせて、幽霊ビルにし、その隣に新校舎をつくるとしており、本年二月には無駄 な公共事業を理由に、新校舎建築工事禁止、公費支出差止の訴訟を提起し、又、町長が校舎を一部破壊し、町に損害を与えたことにつき、住民訴訟を提起した。

四 三度の解体禁止の仮処分決定は、貴重な文化財を破壊から守り、「スクラップアンドビルド」の風潮に歯止めをかけたものとして評価される。この裁判は、学校が地方公共団体の財産であるからこそできた。地方公共団体の財産処分、契約の締結、公金支出は、住民訴訟で、差し止めが認められる。講堂の仮処分は、住民訴訟の監査請求の前に提訴し、監査請求後に決定が出た。その、被保全権利は、地方財政法八条の、町長の公有財産の処分にあたっての善良な管理者の注意義務違反、(町長は講堂、校舎を解体して新築するか、保存して改修するかの判断をするにあたっては、専門家住民を交えた真摯な調査検討をすべき義務があるのにそれをせずに解体を決定したことが、善管注意義務に違反する。)地方自治法二条一四号と地方財政法四条(最小の経費で最大の効果 を上げるべき義務、)、文化財保護法違反(町長には、文化財保護法により文化財保存義務があるのに、登録有形文化財に申請して校舎として使用することにより文化財として保存できるのにしなかったこと、民法九〇条公序良俗違反(郷土の恩人が寄付してくれた恩義を忘れて解体する忘恩の輩、)等であるが、決定は地方財政法八条違反に依拠した。そして、昨年九月施行された地方自治法の住民訴訟制度の改悪で住民訴訟の差し止め請求等を本案とする仮処分が明文で禁止されたので、その施行前の八月三一日までに、校舎解体禁止の仮処分を提出し、四ヶ月で認められた。個人所有の文化財や、国所有の文化財(例えば、皇后の生まれた正田邸)は、住民訴訟はできない。この場合は、国民の持つ文化財保護請求権でいくが、これが被保全権利として認められたことはない。(愛知県立旭が丘高校の事件は、この例。)

五 この事件は、「文化財保護のありかた」「地方政治のあり方」「行政財産の管理のあり方」「費用対効果 の評価の仕方」「文化財保存のあり方」「文化財保存義務」「これからの教育のあり方」等が問われる興味ある事例であり、マスコミでも「保存・解体反対」の立場で熱心に報道された。文部科学省は、「五〇年たった鉄筋コンクリートの校舎は解体義務がある」とまで言って、校舎解体新築を推進し、早々と新校舎の国庫補助をつけた。文部科学省は、校舎建築に関しては、利権官庁の姿勢をあらわにした。本年一月の衆議院予算委員会で文科省のこの指針は不当であるとして「解体義務がある」との文言は削除されることになった。文化庁も、文化財保存に向けて何らの行動もしなかった。滋賀県も、教育委員会も「地方分権だから、町を指導できない」と逃げの一手であった。町の教育委員会や教育長、校長も、町長の言いなりであった。この運動は住民主導で行われた。県内の学校建築を牛耳る御用設計士のでたらめな耐震診断の結果 、安く十分な改修ができるのに、「改修しても寿命が少ない、改修では、オープンスペースがとれない。」から解体新築するとの町長の主張には、文化財保存に熱心な学者建築家が科学的な説得力ある反論と提言を展開した。
 又、住民運動も、集会、デモ、シンポジウム、解体工事阻止の座り込み、ついには町長リコール成立・住民投票での勝利で本年三月九日には町長の解職へと発展し、小学校を守る闘いから、地方の利権に絡んだボス政治を革新する闘いへと発展している。
 しかし、昨年の地方自治法改悪によって、住民訴訟を本案とする仮処分が禁止され、昨年九月一日以降は、このような裁判ができなくなったが、住民訴訟の本訴はできる。 いち早く解体を察知し、弁論準備で早くやれば、本訴での解体阻止の勝訴は可能である。

 


No.60.2003.5月号  2003.04.24

大学通りマンション建設事件 前編
                       河東宗文 (東京弁護士会)

 国立市には、作家の山口瞳が「日本一美しい大通り」と評し、「新東京百景」にも選定された通 称大学通りがある。沿道には高さ約二〇メートルに揃ったイチョウ並木や桜の木があり、春は桜・秋には紅葉と、四季折々市民を楽しませる。大学通 りは、まさに国立市を象徴する景観であり、国立市民らは、七〇年間以上にわたって、大学通 りの景観を守り育んできた。ところが、この大学通りに、明和地所株式会社が、高さ四四メートルの高層マンションを建築したため、国立市民らは、建築物のうち二〇メートルを超える部分の撤去を求めたのが、本件の訴訟である(当初は建築の差止めであったが、訴訟中に建築は完成し、撤去に変更された)。平成一四年一二月一八日、東京地裁は、本件マンションのうち高さ二〇メートルを超える部分の一部撤去を命ずる画期的な判決を下した。
 国立市大学通りマンション建設問題には、景観の権利性の問題の他にも、まちづくりに地方自治体や住民の意思を反映できない建築基準法の問題、行政の横暴さ、結果 的に行政を保護するものでしかない行政訴訟の問題や企業倫理の荒廃といった問題が内包されており、それぞれ無視できない。

 本件をめぐる訴訟状況は、複雑怪奇で、結論も分かれ、マスコミ等からは訴訟合戦と揶揄される。まず最初に国立市民らは、国立市の都市計画審議会で地区計画が決定されたのを受け、本件マンションの建築禁止仮処分を提起し、平成一二年一二月二二日、抗告審の東京高等裁判所によって決定が下される。これを仮に裁判長の名前をとり、「江見決定」と呼ぶこととする(以下、他の判決等についても同様に呼称する。)。この江見決定では、本件マンションは、建築制限条例に違反する違法建築物であると認定されたものの、受忍限度を超える被害は無いとして訴えは却下。しかし国立市民らは、本件マンションが違法建築物であると認定されたことに力を得て、建築禁止(後に建築物撤去に変更)訴訟を提起するが、この訴訟の判決が今回紹介する判決である(この判決を「宮岡判決」と呼ぶ。)。また国立市民らは、前記江見決定により本件マンションが違法建築物と認定された建築物であることから、東京都(正確には、建築確認等を行なう東京都多摩西部建築指導事務所を含む。以下同様である。)に対し、本件マンションに対し建築基準法上の是正命令権の行使を求めた。ところが、東京都は、「本件マンションは適法建築物である。」といって譲らず、それどころか「裁判所の判断は関係ない。」「違法建築物と認定されたとしても理由中の判断にすぎず、拘束力はない。」「東京都が当事者となっている訳ではない。」等の理由で国立市民らを門前払いに相手にしない。違法建築物であるかどうかは理由中の判断にならざるをえず、主文にでる筈もないし、また誰が当事者になろうが、本件マンションが違法建築物か適法建築物かの判断にかわりはない。何よりも、東京高裁の上といえば最高裁しかないが、「裁判所の判断は関係ない」というのは、司法権の軽視も甚だしく、行政の横暴にも程があるのではないか。そこで、国立市民らは、東京都の態度がそういうことならということで、東京都を相手取り、是正命令権の行使を求めて、行政訴訟を提起した。ところが東京都は、「原告適格がない。」「裁量 の範囲内である。」等の行政訴訟特有の主張に終始し、本件マンションの適法性についての主張をしない。この態度は行政訴訟の悪用と言わざるを得ないのではないか。東京都はそれまで、国立市民らには、本件マンションは適法建築物であると言い続けて相手にしなかったのであるから、本来本件マンションの適法性についての争点でのみ勝負をするべきではないか。行政訴訟になるや、本件マンションが適法か違法かにはふれず、当事者適格がないとか、裁量 の範囲内であるとかの主張をするだけである。かかる行政の態度では、都民の不満は増すだけである。その間にも本件マンション工事はどんどん進捗し完成が近づいてくる。検査済証の不交付を請求事項に掲げていたこともあり、原告団にも焦りが出る中で、弁護団は、本件マンションが適法なのか違法なのかを判断しなければ、裁量 の問題も判断できないのではないかとの主張をし、裁判所も同様の観点からの訴訟指揮をして、ようやく東京都は本件マンションの完成間近になって、東京都は、本件マンションが適法建築物であることを主張することとなった。ここで本当に頭の下がる思いであったが、裁判所は、完成するまでの極めて短時日のうちに、弁論を終結し、平成一三年一二月四日に判決を言い渡された(この判決を「市村判決」と言う。)。この市村判決で、(本件マンションは違法建築物であって)是正命令権を行使しないことが違法であることが判決主文において確認されたのである。しかし残念なことに、この市村判決は、東京高裁において、国立市民側が逆転敗訴し(この判決を「奥村判決」という。)、現在、最高裁に上告中である。なお本件とは関係ないが、鎌倉の景観保護について景観権等を否定したのも奥山裁判長であった。他方、明和地所側も、建築制限条例により、本件マンションが既存不適格化したことや、企業としての信用を毀 損されたとして、国立市及び国立市長を相手として損害賠償請求訴訟を提起した。この訴訟の判決は、平成一四年二月一四日に言い渡されるが、結論は意外にも国立市に金四億円の支払を命じるということであった(この判決を「藤山判決」という。)。東京高裁江見決定の判断は、新聞等で公になっているし、「国立市議会において、国立市長が、議員の質問に対する答弁として、『東京高裁の決定によれば、本件建物は違法建築物である』旨」述べた、ただそれだけのことが企業の信用を毀 損したことになるという、どこに違法性があるのか信じられない論理である。現在、東京高裁において審理中である。さらに番外編の訴訟として、自民党市議が、建築制限条例の成立に賛成した市議らを相手とって訴訟を提起しており、東京地裁八王子支部において係属中であるが、判決は延び延びとなっている。これらの決定・判決を比較対照するだけでも興味深いことであるが、一般 人の眼からみると、同じ争点で何故こうも裁判所によつて結論が異なるのであろうかという疑問を生じさせている。言えることとしては、結果 的に訴訟の内外を問わず(個人的に現地を訪れたとか)、ともかく大学通りを実際に見聞した裁判は、国立市民側に有利な結論を導いていることである。環境や景観は、実際にそこに行ってみる必要があるのではなかろうか。また国立市民らに厳しい判断を下した判決は、理論的に迫力に欠けるものとなっている。

 国立市の住民らがマンション建設の話を聞いたのは、平成一一年七月のことである。以下詳細は省くが、国立市民らは、大学通 りの環境や景観を守るために、地区計画を策定することとなり、同年一一月二四日に地区計画原案が公告・縦覧された。この時点で、後に建築制限条例となる内容は公にされたというこである。これに対抗して、明和地所は、緊急避難行為として翌一二月三日に本件マンションの建築確認の申請をする。しかしながら、地区計画を条例化するまでには、時間を要するのに比し、建築確認は最短二週間でおりてしまう。果 たして、本件では東京都の建築行政も業者側を後押ししている(そのようにしか感じられない。)こともあって、本件マンションのような大規模建築であり、しかも年始年末をはさみながら、翌一二年一月五日には、建築確認がおりてしまう。国立市民や国立市長らは、東京都に対し、大学通 りの景観や地区計画のこと等を訴えたものの、ケンモホロロどころか、後には、担当課長が、テレビのインタビューで、何十メートルのマンションでも建てられるのだなどと発言する始末であった。まちづくりについて、行政指導や景観条例等は拘束力なく、当該地方自治体や市民の意思が反映されないのは、極めて問題であろう。本件では、地区計画の条例化にたまたま東京都の都市計画審議会の審議が不要であったという幸運があったものの、自民党らの地区計画条例化への激しい反対もあり、ようやく同月三一日に国立市の臨時市議会で地区計画の条例化が決定され、翌二月一日に条例(「建築制限条例」と呼ぶ。)として公布・施行された。テレビ等では、国立市民や国立市らの後出しジャンケンのように言われているが、条例化の着手の方が時間的には先なのである。  
(次号につづく)

No.60.2003.6月号  2003.06.09

大学通りマンション建設事件 後編
                       河東宗文 (東京弁護士会)

(前号より続き)

 明和地所は、建築確認がおりると同時に地鎮祭も行なうことなくマンション建築に着手した。この手際の良さは、東京都との連携を思わせるものがあった。さて建築制限条例の施行・公布は二月一日であるが、ここで予想もしなかった大論点が生じることとなった。建築制限条例の適用の有無である。
二月一日時点では、根切り行為(簡単に言えば穴掘り)しかされていなかったのである。建築基準法三条二項では、新法令(本件でいえば建築制限条例)が適用されないためには、「建築物」あるいは「現に建築工事中の建築物」が存するときであると規定されている。
本件でいえば、根切り工事がなされていただけで、本件マンションについては建築物のかけらすら存在していないのである。「現に建築工事中の建築物」とは何かが争点であるが、純粋に国語の問題として考えると、「現に建築の工事中」が修飾語であり、「建築物」が被修飾語であるから、被修飾語たる「建築物」が中心になると考えるのが自然である。建築基準法三条二項は、「物」を保護する規定であることからして、新法令が適用されないためには何らかの建築物の一部の存在が必要であると考えられる。
大雑把に言うと、建築基準法三条二項は、建築物が存在すれば、あるいは建築物の一部でも出来てしまえば、新たに法令が変わっても適用されないということである。この解釈を採用したのが、東京高裁江見決定であり、東京地裁市村判決である。この解釈によれば、本件マンションは違法建築物であることとなる。
 反対の立場は、「現に建築の工事中の建築物」とは「着工後の建築物」であると置き換え、さらには建築物ならぬ 建築意思を持ち出し「着工」していれば建築物の存在は何ら一部でも必要ないとする。根切り工事の中にも膨大な時間と費用がかかる建物がある(その間に法令の改変があった場合は不都合である)という現実論が主たる根拠理由であって、理論的な理由はあまり無い。この解釈を採用しているのが、東京高裁奥山判決であり、東京地裁宮岡判決である。 この解釈によれば、本件マンションは適法建築物であることになる。
 テレビ等のマスコミでは、本件建築制限条例は、工事着工後にできた条例であるから、関係ないと簡単に切り捨てられているようであるが、少なくとも建築基準法三条二項では、「着工」などという文言は何もないし、簡単に切り捨てられる問題でもない。これまでの建築実務においては、ともかく建築を作る側に有利な行政による解釈が運用されてきた。その行政による解釈を過大視するのは如何なものか。特に建築基準法三条二項については、争われた実例すら無かったような場合には特にそうである。司法は、正しい法の解釈をなすべきで、行政の実例で判断するようであれば、建築行政側から司法権が軽視されてもしょうがない。


 さて景観についてであるが、市村判決においても一定の評価がなされたが、宮岡判決は、市村判決を更に発展させ、「都市景観による付加価値は、自然の山並みや海岸線等といったもともとそこに存在する自然的景観を享受したり、あるいは寺社仏閣のようなもっぱらその所有者の負担のもとに維持されている歴史的建造物による利益を他人が享受するのとは異なり、特定の地域内の地権者らが、地権者相互の十分な理解と結束及び自己犠牲を伴う長期間の継続的な努力によって自ら作り出し、自らこれを享受するところにその特殊性がある。そして、このような都市景観による付加価値を維持するためには、当該地域内の地権者全員が前記の基準を遵守する必要があり、仮に、地権者らのうちで一人でもその基準を逸脱した建築物を建築して自己の利益を追求する土地利用に走ったならば、それまで統一的に構成されてきた当該景観は直ちに破壊され、他の全ての地権者らの前記の付加価値が奪われかねないという関係にあるから、当該地域内の地権者らは、自らの財産権の自由な行使を自制する負担を負う反面 、他の地権者らに対して、同様の負担を求めることができなくてはならない。」「特定の地域内において、当該地域内の地権者らによる土地利用の自己規制の継続により、相当の期間、ある特定の人工的な景観が保持され、社会通 念上もその特定の景観が良好なものと認められ、地権者らの、その土地所有権から派生するものとして、形成された良好な景観を自ら維持する義務を負うとともにその維持を相互に求める利益(「景観利益」)を有するに至ったと解すべきあり、この景観利益は法的保護に値し、これを侵害する行為は、一定の場合には不法行為に該当する」とし、被害の救済のためには、金銭賠償では救済されず、本件マンションの一部撤去を認めた。
 ここでは、景観利益は(「景観権」ではなく「景観利益」である。)、土地所有権から派生するものとするが、景観利益が侵害された場合は、土地所有権に基づく妨害排除請求権としての撤去を認めるものではない。
宮岡判決は、都市景観についても保護に値する景観利益の存することがあることを認めたことや、作っちゃった者勝ちであったこれまでの建築行政に対し、撤去まで認めたこと等評価に値するものであるが、景観利益が、人格権からではなく、土地所有権から派生するものとした点や、また大学通 りの景観を享受している者は一般国立市民や非常に多くの者がいるにもかかわらず、沿道二〇メートルの極めて一部の地権者にしか景観利益を認めなかったこと等限界が存する。この点は市村判決の方が享受者については巾広く認められており、建築制限条例内の地権者らにも原告適格を認めている。
 沿道二〇メートルの範囲についてのみ、本件マンションの一部撤去を認めても、本件マンションの他の部分について二〇メートルを超える部分が手つかずでは、結局大学通 りの景観は保護されない。また七〇年以上に渡って、土地の所有権の行使に犠牲を払いながら景観を育ててきたことを重視しており、他の景観事件に本件判決の論理がどの程度応用できるか疑問の残るところである。


  またこの宮岡判決は、明和地所の企業倫理に対し、厳しく糾弾している。例えば一例を挙げると、「公法上の規制に適合している限り協議の必要はないとの考えに基づいて本件建物の建築を強行したのであり、何らの実質的な被害回避の努力をしなかった」「景観条例が存在することの意味とその内容について真摯に検討する意思は最初からおよそなかったことも明らかである」「大学通 りの景観を守ろうとする行政や住民らを敵視する姿勢をとり続ける一方で、本件土地に高層建築物を建てることによりそれまで保持されてきた本件景観が破壊されることを十分認識しながら、自らは、本件景観の美しさを最大限にアピールし、本件景観を前面 に押し出したパンフレットを用いるなどしてマンションを販売したことは、いかなる私企業といえども、その社会的使命を忘れて自己の利益の追求のみに走る行為であるとの非難を免れない」等々昨今の企業倫理の荒廃に一石を投じるものである。
企業からすれば、手厳しい事実認定・評価であったが、逆に言えば、企業の悪質性がなければ、撤去まで認められなかった可能性も存する。


 今回の宮岡判決は、画期的といっても、環境権や景観権に基づく差止め・撤去を認めたものではなく、どちらかというと従来の法理論に沿うものであった。その意味でいえば、逆に控訴審も戦いやすいともいえる。
 しかし環境に関する訴訟は非常に難しい。様々な争点で少しづつポイントをあげていくことが重要である。二一世紀は、環境の時代と言われるが、口先だけでなく、環境に価値を置いた社会構造に変革する必要がある。法律の解釈としても、また法体系上も、環境に価値を置いたものを求めていきたいと思う。    
             以 上

No.60.2003.5月号  2003.06.09

ポンポン山住民訴訟判決
                       藤浦龍治(京都弁護士会)


京都市民約三八〇〇人が訴えていたポンポン山住民訴訟で、二月六日大阪高等裁判所は京都市の前市長に対し、京都市のこうむった損害の賠償として金二六億一二五七万七九七二円を支払うことを命じる判決を言い渡した。これは二〇〇一年一月に京都地裁が前市長に金四億七千万円の賠償を命じた一審判決に対し、住民側と、前市長及び訴訟参加した京都市の双方が控訴していた事件で、二年間での高裁での審理を経て、賠償額を大幅に増額する結果 となったものである。

二 京都市の買収に至る
      異常な経過

 平成四年三月、京都市がポンポン山でのゴルフ場の開発を不許可にした。これに対し、開発業者がこの処分によって損害をこうむったとして京都市相手に金八〇億円の賠償を求める調停を申立てた。短期間に調停期日が繰り返され、その間、京都市は不動産鑑定会社一社に開発予定用地の価格評価の鑑定を依頼し、金四七億円余りの鑑定結果 を得た。その後同年五月、調停裁判所は京都市に金四六億円余りで買収することを命じる、調停に代わる決定を出した。市長はこの決定に対して異議を申立てず、同額で買収する議案を市議会に提案し、市議会がこれを可決し、金四六億円余りの公金が支出されることとなったのである。
 鑑定があり、調停裁判所の決定があり、さらに市議会の議決もなされたという事案である。一見すると法的には争いようがないと思われそうだが、ポンポン山でのゴルフ場開発に反対して来た住民からすれば余りに高い買収額で、自分達の反対運動が逆手に取られたとの怒りから、今度は買収疑惑を解明する方向へと運動の矛先を変え、運動を継続することとなった。

三 一審判決の内容
 判決は、市の依頼した鑑定内容について、まず本件用地の取得原価について何らの考察をしていないことに「基本的かつ重大な問題がある」と指摘した。さらに取引事例として引用されるべきは山林としての取引であるにもかかわらず、採石場やゴルフ場建設予定地等が採用されるなど、適切な事例引用でないとした。この結果 出された金額は適正価格を大幅に上回るもので、この鑑定の信用性を否定したのである。
 そして、判決は、住民側が行った鑑定も考慮し、開発予定用地の適正価格は高くても金二一億円までと認定し、市長の裁量 の範囲をその適正価格の二倍までとした上で、これを超える金額の支出が違法となり、元市長はこの額を市に支払え、とした。
 この判決の意義としては、第一に、議会の議決があっても市長の責任を免責することになるものではないと明言したことである。
 第二に、確定した、調停に代わる決定があり、これによって市長は公金の支出を義務づけられるのであるから違法とならないと被告側が主張していた点についても、判決は退けた。判決は、金額が高すぎたのであるから、市長としては決定に対し異議を申立てる義務を負っていたのであり、これをしなかったのは、裁量 の範囲を逸脱し、権限の濫用で、違法行為となると判示した。この点は初めての判例だと思う。
 第三に、市の不動産取得に関する規則によれば、買収金額について不動産評価委員会に諮らなければならなかった。この点について市側は調停で決まる場合は例外にあたると主張したが、判決はこのようなやり方は内部手続きにも明らかに違反すると断じた。
 判決は、自治体が用地を買収するについては、@手続き、とりわけ金額の決定過程に透明性を求め、A買収する目的(用地利用)については具体的で明確になっていることが必要とし、Bなにより議会や市民に対し説明責任を十分に果 たすことを求めたのである。
 このような意義にもかかわらず、一審判決は、適正価格の二倍までを裁量の範囲とし、損害額の算定に広範な裁量 を持ち込んだ点に問題を有していた。

四 画期的な高裁判決
 高裁の判決は、一審判決に加えて、さらに前進した判断を示した。

 1 議会の議決の違法性を正面から認定
 判決は、一般論としては、用地買収に関する議案の議決について、地方議会に広範な裁量 権のあることを認めている。その上で、議会の議決の違法性の有無は、取得価格が適正価格をどの程度上回ったかとの点のみならず、取得価格算定の手続が適正であったか、取得する行政目的や必要性がどの程度あったかなどの諸事情を総合して、地方議会に認められた裁量 権の逸脱、濫用があったか否かという観点から判断される、とした。議会であっても何でも議決できるというものではなく、この指摘は全く正当なものである。
 その上で判決は議会での審議手続について吟味している。まず「(一部の)市議会議員から…問題点が具体的かつ明確に指摘されていたのであるから、京都市議会としては、問題を解明し検討すべく関係部署を通 じて調査等すべきであったが、そのような対応は取られなかった。」と批判している。当時一部の議員から、金額が高額に過ぎるなどと指摘されたにも拘らず、与党会派で臭いものにフタをするかの如くに議決してしまったことを断罪しているものである。さらに、本来の手続である京都市の不動産評価委員会にかけるべきであったにもかかわらず、これを行わない等の手続違反があり、当時としては買収を急がなければならない行政目的もなかったと認定している。
 これらの結果、本件議決は「地方議会に認められた裁量権を逸脱、濫用した違法なものであったことは明らかであり、さらに、同議決は、著しく合理性を欠き、そのためにこれに地方自治体における財政の適正確保の見地から看過し得ない瑕疵が存する」と結論づけた。
 議会の議決を正面から違法と認定した判決に敬意を表したい。司法の機能の面目躍如たるものがあるのではないかと思う。

 2 損害額の算定
 京都市のこうむった損害額について、先に述べたように、一審判決は適正価格の二倍までは市長に裁量 権限があるとし、これを超える四億円余りが損害額であるとした。住民らはこのような高額な支出で適正価格を超える範囲にまで裁量 権を認めるべきでないと主張していた。高裁判決は住民の主張に沿って、「裁量権が問題になるとしても、それは責任原因の有無を判断するに当たって考慮されるべきものであって、損害の範囲を画するものではない」とし、適正価格の限度の二一億円を超える二六億円余りの全額を損害と認めたのである。簡明ですっきりした判断が示されたものと思う。


 前市長と参加人の京都市は最高裁へ上告受理の申立をした。私たちは高裁判決が維持されるものと考えている。
 問題は、この高額な市民の税金がどこに流れたかを解明することである。これについては背後にいる政治家に還流した疑惑が残っている。ボールは、司法の場から、再び政治の場である議会に、あるいは市民に投げ返されたのではないかと思う。
 なお、常任弁護団は、森川明(弁護団長)、籠橋隆明及び私の三人である。

 

No.62.2003.7月号  2003.07.18

11年操業産廃焼却炉操業禁止判決
                  松村文夫 (長野県弁護士会)

 産廃用焼却炉に対して、建設計画中、あるいは操業直後に建設・操業の禁止を命ずる仮処分決定あるいは判決は、最近多く出るようになりました。しかし十一年間も操業してきた焼却炉に対して、去る四月二二日長野地裁飯田支部は、操業を禁止する判決を言い渡しました。
 このような長期にわたって操業してきた焼却炉に対する操業禁止を命ずる判決は、おそらく初めてではないかと思います。
 この裁判で苦労したのは、次の二点でした。
 第一点は、ダイオキシンの排出濃度が基準以上であることを証明するものがないということ、第二点は、健康被害がどの程度発生していなければならないのかということでした。
 この二点とも、建設計画中であれば「おそれ」程度で足りますが、十一年も操業しているとなれば、現実に起っていることを立証しなければ裁判所も認容しないだろうと思うものの、うまく立証する手段が乏しく苦労しました。
 第一点については、業者は、県あるいは自社の測定により基準未満であったという測定結果 を出して来ました。
 住民側は、産廃施設内に入れませんので測定できません。周辺の高台から機会あるごとに朝から晩までビデオでとり続けて、届出をはるかに超える量 を焼却し、ものすごい黒煙を排出している状況を立証しました。
 判決では、県などの測定値が基準未満であったことをもって安全とは言えないと判示しました。
 第二点については、住民のアンケートによって、「風邪をひきやすい」等々の有訴率が高く、しかも、焼却炉から遠くても排煙が流れ込むことの多い地域ほど高いことを立証しました。
 判決では「健康被害ないしその兆候が生じている」、「本件施設の操業が継続することにより今後その侵害の程度が深刻化することが予測できる」と判示しました。
 長年操業中の焼却炉を裁判によって差止する道を開くことができたと開拓者精神でつき進んでみるものだと喜んでいます。

No.63.2003.8/9月号 2003.08.20

完全勝利! 川辺川利水訴訟控訴審判決
                    国宗直子 (熊本弁護士会)

判決の日
 二〇〇三年五月一六日、福岡高裁の大法廷は大勢の傍聴人で埋め尽くされた。法廷に入りきれなかった原告・支援者らは裁判所の外に判決を待って待機していた。
 裁判官が着席し、裁判長が主文を読み上げる。
 「原判決主文を次のとおり変更する」という言葉が聞こえたとき、「勝った!」と思った。
 国営川辺川土地改良事業(通称・川辺川利水事業)の三事業のうち、農業用用排水事業と区画整理事業に関する原判決が取り消された。この二事業は違法であるというのだ。農地造成事業については残るが、この農地造成も用排水事業を前提としているのだから、用排水事業が違法であれば農地造成だけが進められることなどあり得ない。
 裁判長は主文読み上げのあと、判決理由についてその要旨の説明を始めた。用排水と区画整理の二事業は、土地改良法が要求する対象農家の三分の二の同意をクリアしていないのだと言う。
 裁判所が認定した各事業の同意率はこうである。
 農業用用排水事業 六五・六六%
 区画整理事業   六四・八二%
 農地造成事業   六八・八%
 裁判長の説明が続く。控訴人(一審原告)側は、様々な手続き違法を主張していた。その主張のことごとくが次々に退けられていく。いろいろと問題があっても事業そのものを取り消すほどの違法はないと言うのだ。法律主張は全部負けである。その説明を聞きながら、笑いがこみ上げてくるのを抑えることができない。判決の明確な意図がわかったからだ。
 事実認定だけでの勝利だ。国側は上告理由がないではないか。
 法律主張については「負けてうれしい花いちもんめ♪」。

強引でずさんな同意取得
 問題となっていた川辺川利水事業は農水省が行う国営事業。国土交通省が作ろうとしている川辺川ダムから水を引っ張ってきて行う土地改良事業である。
 川辺川ダムは、治水、利水、発電、流水機能維持を目的とする巨大な多目的ダム。熊本県の南部、五木村と相良村の境付近に作られようとしている。このダム建設により、従前の五木村の中心部と貴重な自然がダム湖に沈めらてしまう。しかし、新しいダムによる発電量 はダム建設により閉鎖される発電所の発電量の合計を下回る。流水機能維持はダムによって水をせき止めるために必要となる付随的目的である。治水目的については、今その有効性と妥当性が熊本県内で激論の対象となっている。
 そして、利水目的。それに真っ向から立ち向かったのが川辺川利水訴訟である。
 昭和四〇年代、まだ農業に夢が持てた時代にこの計画は立てられた。一市二町四村にまたがる広大な地域でのかんがい事業。だが、この四〇年近くの間に農業情勢は大きく変化した。本来水を必要としていた水田での農業は、すでに昭和四〇年代から進められてきている減反政策が示すように、もはや拡大させることはまったく問題にならなくなった。この間、農民はお茶や酪農などあまり水を必要としない農業へと転換を遂げ成功をおさめている。水田地域でも各地域ごとの水の手当てはすでになされている。何よりも夢の持てなくなった農業に若い後継者はなく、新しく投資してまで農業を続けられないといった農家が増えている。
 そんな中で、土地改良法が要求する対象農家の同意取得は、なかば強引に、そして極めてずさんな手続きの中で行われた。推進委員が各農家をまわり、まるで回覧板にでも署名してもらうかのように集められた同意署名。誰が書いたのかもわからないような署名が数多くあった。そのずさんさの象徴となったのが、「死者の署名」だった。「水に金はかからんけん」、「みんなに書いてもろとるとだけん」など、十分な説明がないままに同意が取られていった。あとで、農家の費用負担がないのは本管の国営事業の部分だけだと知って多くの農民が「だまされた」と怒った。
 怒った農家、一一四四人が、変更計画に際して異議申立を行った。農水大臣がこれを棄却すると、八六六人がその棄却決定の取り消しを求めて裁判に立ち上がり、一二四五人が補助参加としてこれに加わった。
 二〇〇〇年九月八日、熊本地裁は行政と立ち向かうことを避け、原告敗訴の判決を言い渡した。悔し涙にくれた農民たちは、納得がいかないと控訴したのだった。

アタック2001
〜勝利を導いた市民運動の力〜
 この事件の最大の争点は、何と言っても「有効な三分の二の同意がない」という点だった。一審段階では、全対象農家約四〇〇〇人のうち原告や補助参加人を中心に約二〇〇〇人の調査を行い、対象農家の三分の一以上の同意が無効であることを立証したつもりだった。一〇名の弁護団の体制ではこれが精一杯だった。しかし、一審裁判所はこれを認めなかった。
 控訴審では、裁判長が残りの約二〇〇〇人全員についても署名の真正について認否するようにとうながした。その際、調査を担当する人は必ずしも弁護士でなくてもいいと示唆された。
 二〇〇一年夏、残りの二〇〇〇人に対して署名・押印が真正なものであったかどうかを確認する大運動が展開されることになった。名付けて「アタック2001」。
 特に、毎年夏に開かれている川辺川現地調査の際には、全国からの参加者が、この運動に参加した。いくつもの班を作って、地域割りを行い、対象農家一軒一軒を炎天下訪ねてまわった。これら残りの二〇〇〇人は、原告にも補助参加者にもなっていない人たちである。推進派の人も当然含まれている。しかし、確信的な推進派の人たちを除けば、これらの人たちの大半もまた、原告らと同じように十分な説明を受けないままに署名した人たちだった。
 「こんなもんを書いた覚えはなか。」「これは俺の字じゃなかばい。」 「水代はいっさいいらんと思とった。」 「推進委員がまわってこらしたけんしょんなしに署名した。水はいらん。」 「説明は何も聞いとらん。」 「うちには関係なか事業て思とった。」
 参加者は改めて、うわさに聞いていた同意取得のずさんな実態を目の当たりにした。
 そして、その結果が裁判所に提出された。
 控訴人(農家)側は、大半の同意は無効であり、その同意率は用排水事業で三二・二五パーセントにまで落ち込むと主張した。
 これに対して、福岡高裁はひとつひとつの署名について実に丁寧な事実認定を行った。ある意味ではその事実認定は控訴人側にもけっして甘くはない厳しい認定だったと言ってよい。勝敗を決したのは調査不能(死亡、転居先不明、不在、調査拒否)とされた同意署名群だった。判決は同意署名の真正の立証責任は被控訴人側にあるという原則に立ちきり、これらの同意書名についてはこれらが真正であるとの立証がないとした。この背景には、控訴人側が行った調査の結果 として明らかになった同意署名取得のずさんな実態があったことは言うまでもない。裁判所はただ署名があるだけではそれが真正であるとは言えないという実態を重視したのである。
 対象農家残り二〇〇〇人の調査をやりきった市民運動の力が、まさにこの勝利判決を導いたのであった。

国の上告断念
 原告団は判決直後から上京し、農水省の前に陣取って座り込み宣言を行った。
 「農水大臣は上告するな」
 多くの市民もこの行動に参加した。
 政府の判断は、私たちの予想よりも早かった。五月一九日夕刻、農水大臣の上告断念の情報が流れた。午後八時過ぎ、農水省で記者会見が行われ、「事実認定で敗訴したという事実にかんがみ上訴しないことにした」と公表された。
 「平成の農民一揆」と言われた川辺川利水訴訟の完全勝利の瞬間だった。
 だが、問題は終わらない。この時点で農水省はまだ「ダムの水の利用」という意図を捨ててはいなかった。
 原告団・弁護団はダムに頼らない利水計画を早急に立てるよう農水大臣に要請した。仲裁的な役割を果 たしたのは熊本県だった。六月一六日、国、県、利水原告団らも参加した新たな利水事業の見直しをめぐっての事前協議が開かれ、ダムの水以外も水源として検討すること、地元の意向を客観的に調査することなどが合意された。
 六月二九日、利水原告団は判決後最初の原告団総会を開いた。「ダムの水はいらん!」という原告団の思いを実現するためには、まだまだ解散できない。原告団は引き続き農水省と対峙して活動を継続することを確認した。すぐに地元の各地域での農家の意向調査が始まる。あわただしい暑い夏になりそうである。

ダムは止められるか?
 川辺川ダム建設の事業主体である国土交通省は、この事態に及んでもまだ川辺川ダムは必要だという姿勢を崩していない。
 今舞台は熊本県土地収用委員会。漁業権の収用をめぐって論戦が進められてきた収用委員会であるが、利水訴訟の判決を経てにわかに動きがあわただしくなった。多目的ダムの重要な目的のひとつが裁判所によって違法だとされ、農水省もその結論を受け入れざるを得なかった。今後農水省が新たな利水計画を提示するまでには時間がかかる。収用委員会は、国土交通 省に対し、判決のダム本体への影響をどう考えるのかと聞いた。国土交通省はこれに対し「現段階では説明できない」と回答した。この国土交通 省のあいまいな姿勢に業を煮やした収用委員会は、今後農水省からどうするのか直接意見を聞くということにしている。
 このままであれば、収用委員会が多目的ダムの基本計画の変更につながる著しい変更があったとして、収用申請を却下する公算が大きくなっている。その前に国土交通 省は収用申請を取り下げるべきだという世論も大きく広がってきている。
 利水訴訟の勝利は川辺川尺鮎訴訟への影響も必至である。川辺川の体長の長い鮎は「尺鮎」と呼ばれる。その尺鮎漁師たちが清流を守ろうとダム本体の事業認定を争って行政訴訟を起こしている。農民たちのたたかいは尺鮎の川漁師たちを大きく励ました。
 熊本県はダム建設の行方について慎重な態度を取っている。今年の概算要求前の予算要望に関して、ダム本体の工事推進に関する予算要望を盛り込まないことを決めた。
 熊本県では、連日テレビや新聞で、
川辺川ダムをめぐる動きが報じられている。先日のテレビでは、記者が「川辺川ダム建設はまったく不透明な状況になっています」としゃべっていた。この原稿が読者のみなさんに読まれるころ、どういう状況になっているのか、誰も予言できないのだ。
 「尺鮎」と呼ばれる大きな鮎が泳ぎまわる清流川辺川。今、この清流を守るための農民、漁民、市民の運動は、それぞれ有機的に結びつき、地元熊本に大きなうねりを作り出した。今、市民の力によって環境を破壊する無駄 な巨大公共工事を止められるかもしれない、そんな期待で胸が大きくふくらむのである。
 今年の川辺川現地調査は八月二三〜二四日に予定されている。
 ぜひ今最もホットな現場川辺川へ!

 

No.63.2003.8/9月号 2003.08.20

バイオ施設の危険性に警鐘
 =情報公開訴訟で原告逆転勝訴=

                    高江俊名 大阪弁護士会

野放しのバイオ施設
 病原体を取り扱う実験施設で、病原体を施設内に封じ込める機能に欠陥や事故があればどうなるか?
 感染性の強い病原体であれば、周辺住民の間に感染がたちどころに広がるであろうし、その病原体が遺伝子組み換え実験によって作出された未知のものであれば、治療方法のない「謎の病気」が蔓延することになるかもしれない。
病原体実験や遺伝子組み換え実験を行う「バイオ施設」は、このようなバイオハザード(生物災害)が生ずる危険性を常に孕んでおり、現代における新たな公害環境問題となるおそれがある。
 バイオ施設の危険性は、次のような特徴を有している。
 すなわち、@病原体等への感染という形で被害が生ずるため、相当の年月が経過した後になって、しかも被害者にとっては既に手遅れになってから被害が判明することがある(被害の不顕性)、Aいったん感染が生ずれば、汚染周辺住民にとどまらず、感染の拡大によって、全国民、ひいては全世界にその被害が及びかねない(被害の広汎性)、B感染被害が未知の病原体や対処方法の確立していない病原体等によって引き起こされる可能性があり、被害が深刻かつ回復不可能なものになるおそれがある(被害の深刻性)、C同様の理由から被害そのものの内容も未知のものとなる可能性がある(被害の未知性)、といった特徴である。
 こうしたことから、バイオ施設に対しては何らかの法的規制を加えることが国際的な趨勢となっているが、日本では、こうしたバイオ施設に対する法的規制が欠如している状況にある。
 そのような状況下で、大阪のJR高槻駅近傍の住宅地において、日本たばこ産業により、医薬開発のためバイオ施設が建設されるに至った。
 この裁判は、その施設の安全性をめぐる周辺住民の運動の中で、施設の安全性確保のための手段として、住民が市条例に基づき施設の建築確認申請図書の公開を求めたものであり(市長の非公開決定に対する取消訴訟)、第一審の大阪地裁では原告の請求が棄却されたが、控訴審(大阪高裁第五民事部=太田幸夫裁判長)において、二〇〇二年一二月二四日、原判決の判断を覆して情報公開を命ずる原告逆転勝訴の判決が下された。
 この高裁判決は、原告の訴えを正面から受け止めた内容のもので、非常に意義深いものであるので、ここに紹介したい。

「許された危険」
       に非ず

(1) 訴訟の争点はいくつか存するが、本高裁判決の意義との関係で最も重要な争点は、本件文書に表されている情報が「人の生命、身体又は健康を害するおそれのある事業活動に関する情報」(公益上の絶対的公開条項)に該当するか、という点である。
(2) この点について、原審の大阪地裁は、「人の生命、身体又は健康を害するおそれは、法人等の重大な利益の犠牲をも正当化しうるものである必要があり、それは具体的かつ確実なものでなければならない」との判断を示し、また、「上記おそれは、当該事業が置かれている具体的環境を前提として判断すべきである。」と判示したうえ、「本件施設は、平常時においては、実験指針及び感染研規程を遵守し、それに応じた体制をとっていることから安全対策として一定の基準を満たしている」と認定し、原告の主張するおそれは「具体的かつ確実なものと言うことはできない」として、原告の請求を棄却した。
(3) これに対して、控訴審の大阪高裁は、「本件但書が規定する「害するおそれ」について、生命、身体又は健康を害することが現に発生しているか、将来発生することが確実であることまで要するものとは解することはできない。」として、原判決の判断を是正し、「本件但書に該当する「事業活動」とは、その活動によって人の生命、身体又は健康を害する可能性があり、特別 の安全対策なしには社会的に存立が許されない事業活動をいうと解するのが相当である」との判断を示した。
 また、原判決が「上記おそれは、当該事業が置かれている具体的環境を前提として判断すべきである。」と判示した点については、「ここにいう「害するおそれ」は、事業活動そのものの評価を述べるものであり、事業活動が行われる周囲の状況の評価を述べるものではないというべきである。」と明快に述べて、原判決の誤りを正した。
 そして、その上で、「日本たばこ産業が本件施設で行っている組換えDNA実験等の事業活動(本件事業活動)は、特別 の安全対策なしに、無条件に「許された危険」として社会の認知を得たものとは認められない。」と認定し、原判決が認定した本件施設の具体的な安全対策等に関しては、「本件事業活動は、このような諸種の特別 の安全対策を参加人日本たばこ産業が遵守することによって、初めてその存立が社会的に許される事業活動であると認められる」「逆にいえば、本件事業活動にこれら特別 の安全対策が必要とされるのは、本件事業活動が人の生命、身体又は健康を害するおそれのある事業活動であるとの認識があればこそであるということができる」と述べて、バイオ施設の危険性を訴える原告の声を真正面 から受け止めた上で本件文書の情報公開を命じたのである。

本判決の意義
 情報公開法令が定める公益上の絶対的公開条項は、本来、人の生命、身体又は健康を害するおそれのある事業活動の危険性が現実化する前に活かされなければ意味がないが、これまでの情報公開裁判においては、事業活動の危険性が現実化していない状況で「人の生命、身体又は健康を害するおそれのある事業活動に関する情報」として情報公開が認められた事例は、ほとんどなかったものと思われる。
 本判決は、「人の生命、身体又は健康を害するおそれのある事業活動に関する情報を、その法人等の正当な利益を害すると認められる場合であっても公開するとすることも、その事業活動が持つ上記おそれを現実化させないための有効な方策であり、一定の合理性を有するというべきである。」と述べて、まさに公益上の絶対的公開条項の趣旨を本来的に活かす形で情報公開を認めたものであり、その意味で本判決が今後の情報公開訴訟に及ぼす影響は大きい。原判決が示した「本件但書に該当する「事業活動」とは、その活動によって人の生命、身体又は健康を害する可能性があり、特別 の安全対策なしには社会的に存立が許されない事業活動をいうと解するのが相当である」との解釈も、新しい判断であり、今後の情報公開実務における解釈指針として貴重な意義を有すると思われる。
 また、未来の技術などとしてバイオテクノロジーがもてはやされがちな風潮の中で、本判決はバイオ施設ついて「無条件に「許された危険」として社会の認知を得たものとは認められない」として、その危険性について警鐘を鳴らすものであり、その点においても意義のある判決である。

No.63.2003.10月号 2003.10.24
やんばる住民訴訟第一審判決 住民側ほぼ全面勝訴
                   大西裕子弁護団長 (大阪弁護士会)

一、事件の概要
 九号、一〇号事件とも平成八年一一月二五日提訴。地方自治法二四二条の二(平成一四年の改正前の)にもとづき、当時の県知事大田昌秀に対しては県の公金支出の差止を、既支出分については知事個人に対する損害賠償請求を求める住民訴訟である。
 九号事件の対象である奥与那線は、やんばる脊梁部分を三五・五Kmにわたって縦走する大国林道の北進線として、未舗装の既設林道(造林道を含む)を総延長一四・二Kmの広域基幹林道にする計画で、平成五年度着工一一年度完成予定、総事業費は二一億五〇〇〇万円、国の補助率は八〇%である。
 一〇号事件は当初計画では昭和六〇年度着工、平成九年度完成予定の、勅令貸付国有林内で行なわれる、事業主体を国頭村とする辺野喜地区団体営農地開発事業(土地改良事業)として森林地域約三二haを農地化する計画で、総事業費七億円、負担割合は国七五%、県一二・五%、国頭村六・二五%である。
 訴訟係属中に両事業とも公金支出行為は完了し、差止部分は、予備的に二四二条の二、一項四号の損害賠償額の追加及び三号の怠る事実の違法確認へ追加的変更を行なった。

二、訴えの背景事情
 沖縄県では、復帰以降、沖縄振興開発特別措置法により、ダム、河川改修、林道設置・改良工事、土地改良工事などが高比率の補助事業として本土の規格で次々と実施され、各地で赤土「国頭マージ」が大量 に海に流れ込んでサンゴ礁に壊滅的被害を与えていた。
 一七年かけて平成五年度に完成した、全長三五・五Kmの大国林道は、大雨のたびに何ヶ所でも崩壊が見られ、U字溝に落下した小動物やヤンバルクイナのヒナの死がたびたびメディアに取り上げられ、やんばるに生息する希少種へ影響は深刻であった。
 奥与那線の建設と辺野喜土地改良事業は、やんばるの森への致命傷になるとして、県民約一六〇〇人が監査請求をなし、一〇人が訴訟の原告となった。訴訟代理人五名は全員大阪弁護士会所属である。

三、判決要旨
 被告大田昌秀に対し、九号事件については、合計金三億二九万三六〇〇円と遅延損害金、一〇号事件については総額二七六七万円と遅延損害金を、それぞれ沖縄県に支払うよう命じ、被告県知事稲嶺惠一に対しては、九号事件、一〇号事件とも右大田昌秀に対する請求権の行使を怠っている違法が確認された。
 九号事件は、請求額三億二四〇〇万円、一〇号事件は請求額三一六一万円、および各怠る事実の違法確認請求であったから、本判決は原告住民らのほぼ全面 勝訴と評価できる。

四、本案前の抗弁に対する
      裁判所の判断
  (九号・一〇号事件共通)
 被告側は、当初から、いわゆる「門前払い判決」を狙って@平成八年度以降の支出行為については監査請求を経ておらず不適法A追加的変更部分は住民訴訟の出訴期間(監査結果 通知後三〇日)の徒過を主張した。
 判決は、@については、原告らの監査請求は、平成八年度以降の工事の中止、工事請負契約の解約、平成七年度支出金の返還、既工事部分の原状回復等を知事に勧告することを求めており、その後の公金支出は、監査請求の対象であった本件事業に関する工事や支出等から派生しこれを前提として後続することが必然的に予測される行為であるから、監査請求経由の用件は満たしている、と判断した。
 また、Aについては、新請求と旧請求との間に、訴訟物の同一性が認められる場合、又は新請求に係る訴えを旧請求提訴のときに提起したものと同視しうる「特段の事情」があるときには出訴期間は遵守されたと認めるのが相当であり、本件では、同じ違法主張を前提とし、その中心的争点も共通 で、差止を求めた公金が支出された場合、これに関する損害賠償代位請求は当然に予測されるし、当事者(被告)も同じであるから、特段の事情があり出訴期間の遵守には欠けるところがない、と判示した。 

五、本案の争点についての
  判断―その一(九号事件)
(1)保安林の解除手続きを
        取らなかった違法性を採用
 原告らはやんばるの生態系、希少種の生息地であること等を根拠に、文化財保護法、種の保存法、その他の自然保護関連法も違法理由として主張したが、判決は総延長一四・二Kmのうち、四三五〇mが水源かん養保安林内、一二〇〇mが土砂崩壊防備保安林内で行われたのに、保安林解除の手続を取らなかった点を捉えて、
 @保安林解除の手続を一切取らずに、流木伐採や土地の形質の変更行為を行なったのは、森林法の保安林制度の趣旨に著しく反して違法である。
 A本件事業が始点から終点まで一本の広域基幹林道を整備するもので、違法区間を除いた残区間のみの工事は無意味であるから、財務会計行為の違法性に対する影響という観点から見た場合には、保安林内の工事の違法性は、本件事業に対する公金支出全体の違法性に影響を与える。
として、保安林内の工事の違法性は公金支出についてはその全体に及ぶとした。
(2)公金支出行為自体の違法性と
          知事個人への損害賠償
 最高裁判決(平成四年一二月一五日第三小廷判決)は、個人への損害賠償請求については、先行する原因行為に違法性がある場合でも、原因行為を前提になされた当該職員の行為自体が財務会計法規上の義務に反する違法なものであるときに限られる、としているので、本判決はこれを前提として、この当該職員の行為が義務違反であるかは、@原因行為に存する瑕疵の内容及びその違法性の程度A当該職員においてその瑕疵の存在を認識することが可能であったかB認識できたとすればこれを是正することが可能であったか、などの事情を総合的に検討して判断されるべきものである、と具体的判断基準を示し、保安林を解除せず本件林道を開設することは、明白かつ重大な瑕疵で、本件保安林は県が把握・管理し、県知事は本件事業に際し利害関係を有する地方公共団体の長としてその解除を農林水産大臣に申請する権限を有していたのに、その知事が取り得る是正措置を何ら取らずに工事代金等を支出したのは予算執行の適正を確保すべき財務会計法規上の義務に違反し、本件各支出行為自体も違法である、とした。さらに、被告は本件各支出当時県知事の職にあり、公金の支出を命じる予算執行権限を有する責任者で、本件事業には前記違法があり、この事業の工事代金等を支出することの違法を容易に知りうる立場にあったから、それを是正せずに各支出行為を行ったことには過失がある、として個人の損害賠償責任を認めた。

六、本案の争点についての
 判断―その二(一〇号事件)
(1)計画変更手続を取らなかった違法性と
          手続違法の治癒nの否定
 一〇号事件について原告らは、本件の農地の殆どが耕作放棄されている事実等を根拠に事業の必要性、費用対効果 の観点からの違法性、および九号事件同様自然保護関連法規違反を主張したが、判決は、本件事業については、昭和六三年度、平成四年度、同七年度、同八年度に、それぞれ当初計画の内容と異なる工事がなされたのに、その実施に先立つ事業計画の変更手続きがなく、県知事の認可を得ていない違法がある、とした。さらに、本件では訴訟係属後、事後的に二回変更手続が行われているがこれらは@当該事業の実績調査も行なわれておらずA変更理由及び必要性判断の検証作業も皆無で、B専門技術者の第一回変更調査報告書は一日で作成されC第二回変更調査報告書は事業完了後に作成されたのに「今後とも円滑な事業の推進が望まれる」と記載するなど外形的事情からして明らかに不備があり、到底法が要求する詳細な審査を行なったとはいえず、違法性の治癒を認められない、と治癒を否定した。
(2)公金支出自体の違法性と
         個人に対する損害賠償
 判決は、「沖縄県補助金等の交付に関する規則」によれば、知事は事業等の目的、内容の適正まで調査でき、補助事業者等が提出する報告等により、交付決定の内容、条件に適合していないときには是正を命じることができるから、被告知事が本件事業について、変更手続、認可を経ずに実施しているという明白な違法が存在するのに補助金支出をなしたことは、財務会計法規上の義務に違反した違法なものである、とした。また、大田個人に対する損害賠償については、判決は、九号事件同様、個人に対する損害賠償の基準を示した上で、被告大田の損害賠償責任を認めたうえで、本件の二回の変更手続きが、何れも本訴提起後、事後的に行なわれている点について、「変更手続きや認可を経ない事業及びこれに対する補助金支出についての違法性についての問題意識が極めて低いことが窺われ、財務関係一般 に関する職員らに対する指導監督義務の観点からしても責任は免れがたい」と厳しく戒めている。

六、おわりに
 判決が、森林法と土地改良法にもとづく明白な手続き違反のみを違法事由として採用し、やんばるの貴重な自然環境を背景とした文化財保護法、種の保存法などの実体法規違反を違法事由とする門戸を開くことが出来なかったのは弁護団としては残念ではあるが、出訴期間、財務会計行為の違法性、個人への損害賠償の基準の明確化、手続違法の治癒の要件などは他の訴訟にも参考になると思われる。また、正式の現場検証一回、現地での打ち合わせ名目で一回、合計二回現地を訪れて事案の理解を深めようとした裁判所の姿勢は大いに評価したい。被告側が控訴したので、本年一一月から控訴審が始まる。

 判決全文は以下のページにあります。
 http://homepage2・nifty・com/rol/

 

No.66.2004.12月号 2004.01.20
立田村産業廃棄物処理施設訴訟 (兼松洋子:名古屋弁護士会)


第一 はじめに
1 愛知県海部郡立田村に住む住民らが、産業廃棄物処理施設(廃プラスチック焼却施設)の建設差し止めを請求していた裁判で、仮処分申立時から約五年になろうとする二〇〇三年六月二五日、ようやく建設差止を命じる判決を手にすることができました。名古屋地方裁判所は原告側の請求を全面的に認め、建設差し止めを命じる判決を言い渡したのです。この判決に対し、被告からの控訴はなされませんでしたので、本判決は既に確定しました。

2 本件産業廃棄物処理施設は、ダイオキシンの排出に関する当時出されたばかりの厚生省の新基準をもクリアしたとされており、設置許可もなされ、建設に着手されていたものでした。そのような施設に関して、危険性を疎明して差し止めの決定を勝ち取ることができるだろうか、また、建設が始まったばかりで操業前の段階にある施設に関し、建設差止という仮処分決定を勝ち取ることは、なおのこと難しいのではないか、そういった不安の中、原告団・弁護団ともに必死の思いで全力を傾けて仮処分事件に取り組みました。ダイオキシンの問題が我が国でようやく大きく取り上げられた時期でもあり、野焼きの問題からダイオキシンの世界的な基準の問題、全国の廃棄物処理施設操業禁止の仮処分の例、ダイオキシン被害に関して闘っている全国の経験など、何らかの手がかりになりそうなことを求めて必死でした。そして、ようやく一年という期間限定付きながら、差止仮処分の決定を勝ち取ることができたのでした(その報告は、当時『環境と正義』に載せていただきました(一九九九年七月二二号八頁))。
 思えば、上記仮処分決定を必死で勝ち取ったことが、今回の勝訴への非常に大きな一歩であったのは間違いありません。この時点で現実に工事を止めることができたことこそが、今日の全面勝利に繋がったとの思いを改めて強くしています。しかし、その後も以下に述べるとおり、長い闘いがあったのでした。

第二 本案訴訟

1  提訴
 一九九八年一〇月六日、三四九名の原告が名古屋地裁に本件施設の建設差止を求めて提訴しました。被告は、第一回口頭弁論、進行協議期日への欠席を重ねた上、一九九九年三月二四日に、ようやく仮処分時とは別の新たな代理人が出頭しました。しかし、提訴後五ヶ月以上も経過していたにもかかわらず、答弁内容は、請求の趣旨に対する答弁のみでした。一年間という期限が付されている仮処分決定の下、早期進行が図られようとしていたにもかかわらず、被告のこのような応訴態度により、丸々五ヶ月以上も期日が空転してしまったのです。

2  再度の仮処分決定
 同年九月二一日、再度の仮処分申立を行いました。第一回目の仮処分の際と同様の疎明とともに、業者の本訴での態度について明らかにして、一年という期限を付けることの不合理性を徹底して強調しました。その結果、同年一〇月一五日、「第一審判決が言い渡されるまでの間」の差止決定を得ることができました。この決定を得ることができたことにより、その後の長い第一審の間、腰を据えて十分な主張、立証を行っていくことが可能になりました。

3  争点、経過 
 差し止めの根拠は人格権又は財産権であり、争点は仮処分時と同様ですが、まさに立証できるのか否かがポイントであり、また多難なところでもありました。ダイオキシンが非常に危険であることは、各種資料から何とか立証できるとしても、本件炉が厚生省基準を満たすという以上、それでも本件炉が操業されれば危険であり周辺住民の生命・身体に取り返しのつかない損害が生じるということを、立証しなくてはなりません。各地での決定、判決を学んだり、専門家からのレクチュアーを受けるなど、手探りで立証の用意を進めていくより他ありませんでした。また、被告が「実際に同型炉が使用されている」「基準をクリアしており安全である」などと主張していることから、ことの真実を確かめ、反論のための証拠を収集するために、被告が「同型炉を使用している」として示した全国各地の業者のところまで事実調査にも行きました(実際、中心的にこのような機動力を発揮し先頭に立って調査を進めたのは、原告団事務局の永井さんでした。その執念と行動力には頭が下がる思いです。)。
さらに、原告らは、各地の廃棄物処理場問題の裁判等で専門家としての立場で助言や証言を行っている三好康彦氏に本件炉の構造の問題点等についての私的鑑定を依頼し、ご快諾をいただくことができました。そして私的鑑定書の提出とともに、法廷に出廷しての証言をいただきました。同氏の真摯かつ詳細な検討により、本件炉の問題点及び危険性を立証することができました。
 また、事業主体である被告には産業廃棄物処理施設の管理、維持、運営等をする技術も能力も資力もないという問題についても、徹底して主張立証を行いました。被告の元役員で事実上の中心人物である者が関与した事件の刑事確定記録その他関係記録を証拠化するなどし、それらを踏まえて被告の悪性を徹底して明らかにしていきました。暴力団員等によってその事業活動が支配されている法人であれば廃棄物処理法上の欠格要件に該当するという点からも、被告の悪性の立証は重要な位置づけで行いました。
 その後、さらに、訴訟手続きが進行するにつれて、被告が会社としての実体を既に失ってきていることが露呈してきました。
 被告は、被告申請にかかる証人についての陳述書を裁判所から再三催促されても提出できないまま、二〇〇二年五月には被告代理人も辞任するに至りました。被告の登記簿上の本社所在地には事務所はなく、郵便の受け取りがそこではできない状況であり、裁判書類の送達にも困難が生じるなどの事態も生じてきました。被告に会社としての実体があるのか、たとえあるとしても安全管理ができるような会社といえるのか、ということについて、全く疑わしいということがはっきりしてきました。
 なお、被告は代理人の辞任以後、弁論終結に至るまで新たな代理人も付けず、一切期日に出頭しませんでした。
 そのような中、原告側申請の証人及び原告本人の代表の尋問が行われ、さらに被告申請の証人の呼出が行われましたが、被告申請の証人は現れませんでした。
 訴訟最終盤、本件訴訟が人格権に基づく建設工事差止請求であることに鑑み、弁論終結時までに、原告らをいずれも立田村に居住し建設予定地から半径五〇〇メートル以内に居住している一七名に絞りました。
 判決を待つ間、弁護団としては、被告が被告申請の証人尋問すらできなかったことから勝訴を確信していいのではないかという思いもありましたが、一方、本件炉の「安全性」を数値上裏付けるかのようにみえる資料が多量に被告から出ていますので、裁判所に危険性を理解してもらえたかどうか、最後まで楽観はできないと思い、はらはらしながら判決言い渡しの日を待ちました。
 そのような気持ちで迎えた判決言い渡し当日でしたので、原告・住民のの皆さんが喜び、ほっとする顔を見て胸が熱くなりました。

第三 本判決の意義
 本判決は、炉の問題性を認定し、さらに被告の問題点を捉え、被告による維持管理ではダイオキシン類等の有害物質が排出抑制基準を超えて外部に排出される蓋然性が高いものと認定しました。
 愛知県から廃棄物処理法に基づく設置許可を受け、かつ稼働前の段階であった本件施設について、裁判所により建設差止が認められたことは大変画期的です。さらに、判決は被告が暴力団員等によってその事業活動が支配されている法人として廃棄物処理法上の欠格要件に該当する可能性があるということも認めました。この判決は、県の廃棄物許可行政に対する痛烈な批判といえます。愛知県は、廃棄物処理法に欠格要件等が定められているそもそもの精神に立ち返り、住民の安全と健康及び環境を守る立場に立つべきであるという、痛烈なメッセージを送る判決だということができます。

第四 さいごに
 立田村で行った最初の会議のとき、名古屋市内からこんなに近い場所に、こんなに静かで美しい村があるのかと私は本当に感動しました。美しい村と環境を守ろう、そして子ども達に残していこうと立ち上がった住民の固い団結が、長い裁判の途中もくじけることなく闘い続けることができた力になったと思います。
 なお、本件事件を担当した弁護団は、籠橋隆明、長谷川一裕、平松清志、高森裕司、私の五名です。



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