『環境と正義』 Victory 2000

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■このページの目次
No.27.2000.1-2
 水戸市全隈町産廃処分場建設差止仮処分申立事件
No.28.2000.3
 伊勢市矢持町の産廃処分場不許可決定 村田正人(三重弁護士会)
No.29.2000.4
 産業廃棄物処分業許可処分取消請求事件 横浜地裁平7(行ウ)第8号  岩橋宣隆(横浜弁護士会)
No.30.2000.5
 生活環境を守る住民運動とビラ撒きの権利  場外舟券売場との闘い 中村洋二郎(新潟弁護士会)
No.31.2000.6
 休載
No.32.2000.7
 駆け込み産廃建設 禁止仮処分決定出る 長野県  松村 文夫
No.33.2000.8-9
 所沢産業廃棄物焼却施設証拠保全申立事件  弁護士   鍜治 伸明


No.27.2000.1-2
 水戸市全隈町産廃処分場建設差止仮処分申立事件


 (処分場の概要)
 本件処分場は、丘陵地帯の中の谷間(いわゆる「谷津田」)を、途中に土堰堤を築いて、その上流側をゴミで埋め立てるというもので、処分場の底面 及び側面は「シルト岩」という「難透水性」の岩であり、処分場の下流側の土堰堤の内側は遮水シートを張るから、処分場内の水は、絶対に処分場外に漏らさない、というふれこみであった。また、本件処分場から漏れ出るに決まっている汚水は、すぐ近くを流れる田野川という小川に流れ込んだ後、約四・五q下流で那珂川に合流する。その合流点のさらに三〇〇m下流に上水道の取水口があり、そこから取水される上水が水戸市のほぼ全域に配給される。

(たたかいの経緯)
 右の上水を飲む水戸市民たちは、平成七年六月、突然、本件処分場の建設計画を知った。県が事業計画書を受理してからかなり後だった。その時から、処分場建設予定地周辺の、田野川の水で農業を営む人たちも含んだ、幅広い市民による運動が展開され、その結果 、同年一一月には、水戸市長が建設反対の意見を県に提出し、県知事はついに平成八年一二月、不許可処分を出した。
ところが業者は、直ちに厚生省に対して不服審査申立を行い、恥知らずの厚生省は、平成九年一二月、県の不許可処分を取り消す裁定を行った。それを受けて根性なしの県知事は、許可決定を出してしまった。そこで、住民らは、平成一〇年三月、本件仮処分の申立を行った。
仮処分の審尋期日は、平成一〇年一二月まで、五回に亘って開かれた。業者の最大の主張は、「水は絶対に漏れない」ということであった。住民側は、遮水シートは全く当てにならないこと、などを主張・立証した。弁護団の中では、上水汚染の危険性は、処分場から取水口まで、希釈の問題があり、勝負できないのではないか、寧ろ農業用水汚染で勝負すべきではないか、という意見もあった。裁判官が、やけに結審を急いでいるようにも見えたことも、住民側にとって、大きな不安材料であった。そして平成一一年三月一五日、予想外とも言える勝訴決定が出た。

(決定の内容)
 本件決定は、いくつかの点で、大きな意味を持つものであった。即ち、第一に、安定五品目の危険性について、その「人体の安全に対する科学的かつ客観的な影響が必ずしも明確になっていないことは債務者の主張するとおりであるが、その危険性について、一般 社会において強い危惧の念を持たれている」ことは明らかであり、現に、行政的規制においても、それまで安全であると思われていた廃棄物のあるものについてその毒性が疑われてきたために、安定五品目から除外する扱いがなされたものがあり、現在もその検討が継続されているから、「前記一般 社会の強い危惧の念は根拠がないものということはできず、債務者の主張は採用できず、債権者らの被保全権利を侵害する危険はある」とした点が挙げられる。
 第二に、「現実に相当数の管理型処分場において遮水シートの破損が存在する。その後の改良によって長時間にわたってその安全性を現実に実証したとまでいうことができない。遮水シートは地下の深いところで、かなりの高圧の下に敷設される。耐久期間も本件処分場が稼働している間だけでも一一年間、当然その後も長時間にわたり遮水性の維持が求められる」従って、「遮水シートが破損しないことを前提にして水質汚染の可能性を判断することはできない」として、遮水シートが安全ではないことを明確に判示した点が挙げられる。管理型処分場の事件にも意義がきいと思われる。
 そして第三に、濾過・希釈の問題について、「田野川に至るまでの経路で濾過、浄化されることがあることは認められるが、それによって完全に汚染が除去される科学的根拠がない以上、債権者らの被保全権利の侵害の可能性は否定できない」「本件処分場と上水道の取水口との位 置関係は前述のとおりだが、そのことによって水道水が汚染されないという根拠にはなり得ず、水道水が汚染される可能性は否定できない。水道水は、本来、長期間にわたって摂取するものであり、直接人体の健康に対して基本的な影響を及ぼすものであるから、汚染物質の流入が危惧される場合、その量 が人体に影響がないほどの微量であることが積極的に疎明されない以上、それを利用している債権者らの被保全権利の侵害の可能性を否定することはできないと解すべきである」とした。このような判断が一般 的になれば、およそ水源地に、廃棄物最終処分場は立地できなくなるものと思われる。またこのような判断の背景には、人格権が法的に最大限の保護に値するという思考が存在する。そして、本件では、従来公害事件でよく見られた受忍限度論は使われていない。
 なお、農業水利権が処分場建設によって侵害される可能性は認められたが、「農業用水は、水道水のように直接汚水そのものが人体に影響を及ぼすものではない」とされ、それに基づく建設差止は認めなられなかった。

(その後)
 本件決定の後、業者が起訴命令の申立を行ったため、住民側は本案訴訟の提起をした。現在は、第一回口頭弁論が開かれただけの段階である。業者は「新たな主張をする」と言っているが、現時点ではその内容は明らかにされていない。どんな主張が出てくるか楽しみである。


No.28.2000.3
 伊勢市矢持町の産廃処分場不許可決定
  (「事件」ではないので、事件番号は、なし)
     弁護士 村田正人(三重弁護士会)

●全国ではじめての不許可決定
 三重県知事は、一九九九年一一月一二日、伊勢市矢持町の山林に「争ノ勢環境エンジ」が計画した産廃処分場の不許可決定を通 知した。
 今回の決定は、改正廃棄物処理法のもとでの三重県ではじめての不許可決定であるというにとどまらず、最終処分場としては、全国ではじめての「不許可決定」として先例的な意味をもっており許可・不許可基準として、今後の実務に与える影響は大きい(注1)。
 三重県は「まさしく水源地そのものであることが大きい」と説明しており、水道水源地での立地計画であったことが不許可の最大の理由となっている。

●不許可理由は二点 
 不許可決定は、技術上の基準の不適合と、生活環境保全への適正配慮がなされていないことの二点を掲げている。
 技術上の基準については「・埋め立て地の保有水を有効に集め、速やかに排出することができない。・大雨時などの水圧で遮水工の損傷が懸念される。・産廃流出防止のための擁壁が安全であると判断できない。・土堰堤部分について地滑りが生じないとしているが、安全であると判断できない。・放流水の水質が排出基準に適合している維持管理計画であると判断できない」としている。
 また、生活環境保全への適正配慮については、「遮水構造が将来にわたり完全に安全であるとは言えず、埋め立て地からの漏水で河川水質を汚濁し水道の水源地を汚染するおそれがある」とし、「施設から漏水した場合の原因追求や具体的な維持管理体制が確立していないことから、周辺地域の生活環境の保全について適正な配慮がなされているとは認められない」としている。

●計画地の概要と計画のはじまり
 伊勢市矢持町は、全国的にも有数の清流・宮川の最上流に位置しており、「平家の落人」伝説のある山村の集落で、伊勢志摩国立公園内(普通 地域)に位置している。戸数は五二戸、人口も一六〇人しかないが、山林と田畑で約八〇〇ヘクタ−ルの広大な面 積がある。計画地の約二キロメ−トル下流には簡易水道の取水口があり、約四キロメ−トル下流には、隣りの横輪町(戸数四〇戸人口一二〇人)の簡易水道の取水口もある。
 伊勢環境エンジが、九四年一二月、伊勢保健所に事業計画書を提出したことが翌九五年一月の「市議会だより」で発覚し、四月に矢持町の二六人が「反対する会」を結成し、命を飲み水を守る闘いがはじまった。

●同意書の偽造問題
 三重県では産業廃棄物処理指導要綱によって、隣接土地所有者の同意書や、浸出水の放流先の河川に漁業権を持つ漁協(宮川漁協)の承諾書を必要としている。
 九五年七月、計画地の隣接地権者の同意書の偽造が発覚し、被偽造者が被害届を伊勢警察署に提出したため、伊勢環境エンジは、申請を一旦取り下げ被偽造者の土地を隣接地から外した規模縮小の計画書を同年一一月に再提出した。
 宮川漁協では、公害対策委員会が、反対の意見を集約したうえで、反対要請を三重県等に行っていたにもかかわらず、執行部四役の理事は、理事会にも総会にもかけずに承諾書を伊勢環境エンジに交付しことが九六年六月に発覚するや、四名の理事が辞任する事態となり、九月の臨時総会で承諾書の無効を確認する決議がなされた(注意3)
 このため、伊勢環境エンジは、九七年三月、浸出水を河川に放流しない「テント工法」に計画を変更し、宮川漁協の承諾書は不要だとして事前協議をクリアしようとした。伊勢保健所は業者に呼応し、同意書をめぐる問題は終了したとして、九八年六月、事前協議の終了を業者に通 知し、本申請による許可申請をするばかりとなっていた(注4)。
 これに先立ち、九六年一〇月、宮川の下流域の伊勢市民をまきこんで結成された「伊勢矢持産廃に反対するみんなの会」(向井弘樹会長)は、九七年二月、伊勢市や隣接市町村から約六万人の署名を集めて伊勢市議会に提出したが、業者寄りの伊勢市議会は請願を不採択にしていた。もし、廃棄物処理法の改正がなされなければ、三重県知事は、事前協議が終了した案件として、許可をしていたと思われる。事前協議が終了した時点で事態は、風雲急を告げていた(注5)。
●改正法のもとでの盛り上がる闘い
 九九年三月、業者は、二度目の開発許可申請書を提出し、改正廃棄物処理法のもとでの手続が開始された。公告縦覧期間は五月から始まった。六月、「みんなの会」の呼びかけに応じた約一万一七〇〇人の利害関係者は、反対意見書を三重県知事に提出した。「みんなの会」は引き続き伊勢市役所前で、伊勢市長に反対の意見書の提出を求めるすわり込み行動を開始した。
 伊勢市長は、七月、「安全性の担保がない限り認めがたい」とする意見書を提出し(注6)、舞台は、専門家による廃棄物処理施設設置審議会議に移された。審議会議は、公開のもとでの審査を進め、一一月、「水質汚濁などで周辺地域の生活環境に大きな影響を与えるおそれがある」との報告書を知事に提出、これを受けての不許可決定となったものである。


(注1)改正法のもとでの不許可第一号としては・・・県の焼却施設等についてのものがある。
(注2)岡山県吉永町の件で、厚生省は、技術上の基準しか不許可理由としなかった。改正廃棄物処理法のもとでは、「周辺地域の生活環境の保全 への配慮」を全面に押し立てて不許可がいえるようになったことが大きい。
(注3)宮川漁協(新執行部)は、旧執行部の四人の理事を相手取って、総会開催費用や承諾書の無効確認訴訟の提起に要する弁護士費用等の損害賠償請求を求める訴訟を提起し、平成一一年七月一六日、約三六八万円を認容する原告勝訴の判決が出ている(原告代理人弁護士山下潔ほか四名)
(注4)計画では、菖蒲川の再上流部と里道を含むものであったため、河川と里道の付け替えをする必要があり官民境界の確定の手続がなされた。
 ここでも、隣接地権者の委任状と承諾書の偽造が発覚し、九八年一〇月に告訴したが、伊勢保健 所は、事前協議の対象にはならないとして無視した。偽造発覚の発端となった情報公開訴訟は、津地方裁判所平成九年行ウ第一三号事件で、境界確認申請地に関する土地の地番の非開示処分が取り消されている(原告訴訟代理人弁護士村田正人)
(注5)矢持町の住民は、平成一〇年四月一〇、三重県公害審査会に公害調停を申立てていたが、
平成一一年七月一九日打ち切りとなった。
(注6)伊勢市は、矢持町の隣接地の横輪町に一般廃棄物処理場を計画しているため、伊勢市長は産廃処理場に反対意見を表明することは、一廃処分場の建設計画にも支障がでるとして、慎重姿勢をとりつづけていた。



No.29.2000.4
 産業廃棄物処分業許可処分取消請求事件
  横浜地方裁判所 平成7年 (行ウ) 第8号
  弁護士 岩橋宣隆(横浜弁護士会)

1.JR小田原駅から北西に車で約20分ほど走ると森林に取り囲まれた小さな部落につく。14軒の家が点在する人口40名余の和留沢地区である。車を降りて農道を歩くと夏でもウグイスの鳴き声が聞こえ、足元をきれいなキジが横切る。ふと見ると畑にはイノシシが夜ミミズをあさったキバの跡が沢山残っている。斜面 には丹精して作ったお茶畑のうねが美しく続いている。標高約300〜450メートルの高冷地で霧がよく出るため、良質の味わい深いお茶ができる。周りは山に囲まれ、箱根の外輪山に連なっている。振り向くと、遠くに小田原湾、相模湾が見える。また和留沢は、久野川の源流部で清流が流れヤマメが釣れる。
2.このように自然豊かな丘陵地に、平成5年3月に多くの住民の反対を押し切って突然起工式が強行された。産業廃棄物(建設廃材)の焼却炉(日量 22.4トン)の建設である。和留沢地区は、人口約1万2000人がいる久野地区の16自治会の1つである。和留沢自治会を除く15の自治会長は平成3年2月から建設に反対してきた。 起工式を強行された久野の人達は、業者は住民を無視し、行政もあてにならない状態の中で、建設を止めるためには、裁判しかないと決意した。平成5年5月、私は梶山正三弁護士(後にゴミ弁連会長)と共に引き受けることとした。以来、久野の人達との苦楽を共にした闘いが続き、早いもので、6年8ケ月間になる。
3.平成5年8月、申立人700名と2000名を超える人からのカンパで、工事差止の仮処分の裁判を起こした。しかし、裁判を起こしても工事は着々と進み、工場の土台が完成して、プラントの搬入段階になった。平成6年4月、久野の人達は毎日100名を超える座り込みの搬入阻止闘争を4日間にわたって行った。見て見ぬ ふりをして業者を後押しする県に対して怒りが爆発して、県庁に押しかけ、250名、300名の座り込みの抗議行動を2回行った。平成6年12月にいよいよ焼却炉が完成して、県の使用前検査が行われたが、この時も久野の人達は様々な抗議行動をやった。
4.しかし、平成7年1月31日に県は業者に対して営業の許可を与えた。業者は平成7年2月1日から焼却炉の操業を開始した。怒った久野の人達は、県の行政センターにテントを張り1ケ月半の座り込みを行った。ここに、久野の人達は、県に対しても訴訟を起こすことを決意した。神奈川県は法律に違反して営業の許可を与えたのだから営業の許可を取り消せという行政訴訟である。テントを撤収するのと引換えに平成7年3月に行政訴訟を起こした。以後、久野の人達は業者を相手にした操業差止の仮処分裁判(工事差止の仮処分の続き)と県を相手にした行政訴訟を行うということになった。
5.操業がはじまっても、久野の人達は反対運動を続け、業者の監視に手を緩めなかった。道々に反対の看板を200本近くも立てたり、監視塔を作って操業を監視した。そのため、住民は業者の数々の違法行為を発見して、県に詰め寄った。しかし、県は業者をかばうだけであった。住民の反対運動のため、業者の操業率は1〜2割程度しかならず、赤字であることは明らかであった。
6.このような久野の人達の粘り強い闘いは平成11年に山場を迎えた。2つの裁判が大詰めを迎えたからである。1月に行政訴訟の、8月には仮処分の大量 の最終準備書面を提出した。
 ところが、天網かいかい疎にして漏らさずである。平成11年9月に業者が本件とは別 に違法に焼却灰を埋めていたとして逮捕された。同年12月から、刑事裁判が始まっている。
 そして、平成11年11月24日に、行政訴訟で全国で初めての画期的な勝訴判決を得た。「県が業者に対して行った産業廃棄物の処理業の許可を裁判所が取り消す。」というものである。焼却炉の近くで耕作している原告に原告適格を認めたことは全国的に意義がある。
7.行政訴訟の勝訴判決は、私達の予想をはるかに超えて衝撃が走った。業者は多分神奈川県の圧力があったのであろう、平成11年12月28日に県に廃業届を出した。住民の目的はほぼ達成された。しかし、業者が自分の会社の廃棄物を燃やすことはできる。完全に息の根を止めるには、6年6ケ月やっている操業差止の仮処分裁判の決定が待たれる(決定は追って指定)。
8.久野の人達と一緒に代理人として6年8ケ月やってきてつくづく良かったと思う。まず第一に、弁護団の方針に従って徹底した大衆的裁判闘争を実現してくれたことである。第二に、久野の人達は、焼却炉建設の反対運動を発展させて、自然環境、生活環境、地域環境を守り創る運動をしてくれたことである。
 10年ほど前から、廃棄物に関する紛争が全国にほうはいとして起こっている。久野の人達の闘いはその1つである。政府は多くの住民紛争に囲い込まれる形で、ようやく住民や弁護士がこれまで主張してきた廃棄物の排出抑制や事業者責任(拡大生産者責任)の方向に踏み出そうとしている。
 政府が手抜きをしないように、また資源循環型社会をつくるために今後とも運動していく必要がある。




No.30.2000.5

 生活環境を守る住民運動とビラ撒きの権利
 ――ビラ撒き・名誉棄損の賠償請求に勝利判決――
 町の生活環境を破壊する場外舟券売場との闘い
  弁護士 中村洋二郎(新潟)

 九三年から九四年にかけて、モーターボート競争連合会と日本船舶振興会が関係する公営ギャンブル施設である場外舟券売場の設置をめぐって、全国的に汚職問題での逮捕や捜索のニュースが報道された。
 全国二四ヶ所の競艇場を有して年間売り上げ約二兆円(当時)という旨味を増やそうと、さらに全国の各所で場外舟券売場の設置が企図されていた。
 新潟市に隣接する黒埼町の信濃川のほとりにも、九四年に交通の要所に駐車場九〇〇台をもうける場外舟券売場の設置が企図された。
 業者(株式会社モーターボート新潟とセントラル企業株式会社)は「町に一億五〇〇〇万円が交付される」などと宣伝して利益誘導を進めながら設置計画を押し進め、町議会に誘致を求める陳情書の採択決議をさせ、当時の町長にも働きかけて推進させつつあった。
 しかし、公営賭博場が出来ると、今でさえ極度に悪化している交通渋滞が極限にまで達し、病院への通 院や学校への通学などにも交通事故の危険も増大すること、車の排気ガス等による大気汚染の深刻化、ギャンブル目当ての暴力団などが跋扈し風紀が乱れ青少年の教育環境も悪化すること、など、大きく住民の生活環境の悪化が必至であった。
 そこで黒埼町の住民は、草の根的に場外舟券売場の設置反対運動に立ち上がった。町住民の半数以上の署名を集めて関係当局に要請する一方、設置差し止めを求める訴訟を提起するなど、活発な運動を展開した。その運動の一貫として、住民に問題の真相を訴えるため、多くのビラを配布した。
 そのビラの中に、「船舶振興会、業者、運輸省の汚職が連日報道されている」、「説明会ではうまい話ばかり」「黒い噂がぞくぞく」、「設置に血道をあげている町長や一部の人たちは、ほんとうに大丈夫なのだろうか?」、「黒埼町に汚名をもたらすな」との内容があった。また、住民は、監督庁である運輸省にも同趣旨の内容を記載した文書を送付して場外舟券売場の許可をしないように陳情した。これに対して、業者側は、ビラの内容が、業者と町長の癒着して贈収賄があるかのごとき疑惑を宣伝するもので名誉棄損に当たるとし、住民運動の幹部六名に総額三〇〇〇万円の損害賠償訴訟を提起してきた。
 それは、住民を脅し、住民運動の抑圧を狙ったもので、それも、新潟から離れた東京地裁に提訴して、訴訟の面 でも抵抗しにくくするように企んだものであった。これに対して住民は反撥し、業者側の卑劣さを訴えて、東京地裁から新潟地裁への移送命令を勝ち取り、以来、五年有余にわたってビラ撒きの権利を守るために訴訟で激しく争ってきた。
 同時に運動は拡がり、九七年二月の黒埼町町長選挙で、場外舟券売場が大きな争点になり、推進派の現町長に対抗して立候補した設置反対派の河内町長を当選させた。その結果 、舟券売場の設置自体が不可能となったので、住民側は設置差し止め訴訟は「勝利の取下げ」をした。

公益をはかる目的のビラに違法性なし

 業者側は、腹いせに、むしろ、名誉棄損訴訟に力を入れてきた。
 しかし、経済力のない住民に残されたささやかな住民運動の権利であるビラ撒きの権利を奪われたらどうなるか。わずかな言論・表現の自由の行使であるビラ撒きの権利によってしか住民の世論に訴える術はない。ビラ撒きの権利は住民運動のカナメの権利であり、公害や自然環境破壊、産業廃棄物反対等の運動も含めて、一切の環境を守る住民運動は事実上不可能になるに等しい、と、町民は重大性に緊張した。絶対に負けられないと公判への傍聴や集会、裁判所向けの署名運動の展開など、厳しく争ってきた。 そして、九九年一〇月二九日、新潟地裁は、業者側の損害賠償請求を全面的に棄却する判決を言い渡した。法廷には拍手が沸き起こった。
 判決は、「当時、(一方では、全面的に)汚職収賄事件が報道されていたことや、黒埼町において、(業者側により)利益誘導がらみの設置推進運動がなされたことは事実である」とし、「このような事実をもとにして、公共の利害に関することについて公益をはかる目的でなしたものであるから、重要な部分について真実であるとの証明があったときは、人身攻撃に及ぶなど、意見ないし論評の域を逸脱したものでない限り、公正な論評の範囲のもので、ビラの配布は違法性を欠き、名誉棄損の不法行為にはあたらない」旨を明言した。
 この判決は、業者側に対する批判が高まり、控訴されずに確定した。
 実は、判決の前には、住民側としては、たとえ三〇万程度であっても損害賠償を認める判決が出たらどうするか、ビラ撒きの権利が住民運動のカナメの権利であることを考えて、大変だけれども東京高裁に控訴すべきではないか、などと深刻な論議をしていたところであった。
 実際、最近でも愛知県半田市で競馬や競輪の場外発券売場の設置の企画に対して、住民が配布したビラについて、業者側が同様に、住民代表に対し、一億円の損害賠償と謝罪広告、ビラ配布差止めを求める訴訟を提起した。
 住民が行うささやかな言論表現活動のビラ撒き、その権利さえ奪われたら公害反対運動も消費者運動などの住民運動は出来なくなるに等しい。
 環境を守る住民運動は、このようなビラ撒きの権利を守る運動と一体であることを痛感した次第であり、ビラ撒きの権利の侵害に対しては全国の環境擁護団体の支援で闘う意義があると痛感する。


No.31.2000.6

  休載


No.32.2000.7

駆け込み産廃建設 禁止仮処分決定出る
     長野県  松村 文夫

駆け込み産廃建設

一、
 一九九七年一二月一日廃棄物処理法改正法が施行された。
 右改正法によると、従来は許可を要しなかった処理場につき県知事の許可を要することになった。
 ところが、長野県内では、右施行を前に、同年一一月下旬になると、各地で産廃施設建設のための穴が掘られ、コンクリートが流し込まれた。
 これは、県当局が「施行される一二月一日午前零時現在において基礎コンクリートを打設してあれば、旧法を適用する」という方針を出したためである。

二、
 多くの地域では、地元住民が徹夜で実力行使をして道路を封鎖し、穴は掘られても、コンクリートミキサー車の進入を阻止したために、産廃施設の建設を阻止できた。
 一一月下旬は連日深夜寒風吹きすさぶ中でたき火をしながら警戒する住民の姿が地元テレビで放映された。

三、
 私は、それ以前から塩尻市牧野区から産業廃棄物処理場建設阻止の相談を受け、建設禁止の仮処分申請をすることを引き受けていた。
 しかし展望の開けている事件ではないので、いかなる法律構成をするのか考えあぐねているうちに一二月一日を迎えてしまった。
 他方、牧野区民は、松村弁護士が仮処分で止めてくれるだろうと安心し切って、他の地域のように実力行使の体勢をとっていなかった。
 このために、牧野区では、旧法では許可を要しないとされる三千平方メートル以下の埋立処分場用の穴を二つ掘られ、焼却炉建設用の基礎コンクリートが一か所打たれてしまった。
私は、あわてて一二月三日仮処分申請を、長野地方裁判所松本支部に提出した。
 また、牧野区民だけでなく、他の弁護士が関与している地域の住民を結集して、県庁におしかけた。
 他方、日本共産党の木島日出夫衆議院議員(弁護士)は、県内各地の住民を集めて厚生省と交渉した。

四、
 その結果、翌一九九八年一月七日県当局は、厚生省と相談した結果として、「別法人が建設した形式になっていても、実質上は同一組織とみられる建設については、合算して、判断する」という見解を出した。
 これによって県内で着工済とみなされていたものの、その大部分が違法となった。
 牧野区でも、二、九〇〇uと二、八〇〇uが別法人と言えども、同じ重機でわずか四メートルしか離れていない位 置に掘られていたので、違法ということになった。
 ところが、焼却炉については、一日五トン未満のもの一基だけであったので、許可は要しないというお墨みつきが与えられたことになってしまった。

五、
 本件建設予定地は、もと農地であったところ、一九八七年一〇月農地法五条の転用許可を取って整地されたが、許可を取った業者とも異る会社が転用目的が異る産業廃棄物処理施設建設となると、転用許可に違反していることになる。
 木島議員を通して農水省と交渉し入手した通達をもとに、県当局と交渉した結果、県当局は、一九九八年三月農地法違反との見解を出した。
 しかしながら、指導をしたというだけで、農地法に定めている原状回復命令を出さないために、業者は居直っていた。
 そのために、県当局の見解だけでは、危ないことから、仮処分法決定をとる必要があった。


  変化した裁判所の姿勢

一、
 審尋は、一九九八年二月から始まった。
裁判所の姿勢は、当初、債権者側に対して、被害発生の危険性についてもっと具体的に明らかにすることを求めてきた。
 ところが、ちょうどその頃甲府地方裁判所で建設続行禁止の仮処分決定が出され、また七月には仙台地方裁判所で操業停止の仮処分決定が出された。
 私は、さっそく弁護団から申請書や仮処分決定などを取り寄せして、裁判所に提出した。
 裁判所は除々に姿勢を変化させ、業者側に、汚水やダイオキシンの排出がないことを疎明するように求めた。

二、
 業者側は、ダイオキシンを排出しない設備を取り付けると主張して業界紙やパンフレットを提出した。
 その設備を「開発」した会社によって、原理についての東京工大名誉教授の「説明書」や測定会社による「排出濃度測定結果 書」等が提出された。
 私は、これらに関する学者・研究者も知らないし、また、時間と費用をかけることもできないと考え、それらの資料のメモを取りながら分析して行った。
 とこらが、「測定結果書」に記載されている設備の構造と、業者が取り付けようとしている設備のパンフに記載されているものとは、主要なところがくい違っている。
 私は、審尋では、このくい違いについて釈明を求めた。すると、債務者代理人がその同一性を疎明するべく提出した資料では、かえってくい違いが大きくなって来た。
 ある時、業者側は、予告もなしに、審尋にメーカー側の技術者を同行して、設備の効能について説明したいと言った。
 私は、その説明をする前に、右くい違いについてメーカーの技術者に釈明を求めた。
 技術者は、面くらったのか、両方の図面を眺めているだけで、合理的な説明ができないあり様であった。
 裁判官もこれには唖然として、効能の説明より前に、このくい違いについて釈明を求めた。その次の審尋では、メーカー側の技術者は出て来なかった。
 また、私は、「ダイオキシンを除去できる装置だとしたならば、ノーベル賞ものだ。全国でどれだけ設置されているか」と釈明を求めた。
 しかし、「まだ、二か所だけ」という答えであった。
 裁判官も、私と同様、メカにはそれほど強いようには見受けられなかったので、前述の装置の差異は、パンフ等を切り取って上下に図示して一目瞭然となるように工夫した。私の「ノーベル賞もの」という発言に対しては、裁判官もうなづいていた。

三、
 私は、審尋が終ると、直ぐに、その審尋で明らかになった業者側の問題点、矛盾点を明らかにし、釈明を求める点を記載した準備書面 を作り提出した。
 これに対して、業者側代理人は、審尋当日に持参したり、あるいは間に合わないので延期申請をしてきたりした。
 裁判官の言動から、焼却炉についてはダイオキシン排出の危険性によって、建設禁止の仮処分決定が出される予測が立った。
 しかし、埋立場については、債権者住民へ汚れが及ぶことを科学的に疎明して欲しいと求められた。

四、
 この地域は、生活用水・田用水を得るために井戸を掘ってポンプアップして使用していた。もち論上水道も敷設されているが、野沢菜を洗ったり、ビールを冷やしたり、あるいは、大きな物の洗濯には、戸外の流れを使用していたのであった。
私は、高台に産廃施設を建設されれば、それより低地の井戸に影響することは公知の事実と主張していた。
 しかし、裁判所は、お墨つきが欲しいのである。
 私は、以前から知っていた信州大学の地質学の教授にお願いした。教授は、等高線を色塗りすることによって、産廃施設予定地のすぐ上にある沢から土砂が流出して債権者らの居住地や田畑が形成されたことを明らかにし、当然ながら地下水も同じ流れをしている旨の二枚の簡単な意見書と図面 を、直ぐに作成してくれた。費用は、裁判で勝ったら支払うというまさに「出世払い」にしてもらった。

住民側全面勝利の決定

一、
 決定は、二〇〇〇年三月三一日付で出され、その内容は、焼却炉についてはダイオキシンの排出、埋立場については汚水の排出のおそれを認めたばかりか、廃棄物処理法違反(容量 超過)、農地法違反(転用許可違反)のおそれも指摘した。
  住民側の主張を全て認めた。
  これに対して、業者側は、異議の申立をして来た。第二ラウンドが始まるわけだが、仮処分決定と行政見解によって、業者側は手を付けられない状態が続いているので、じっくりと取り組みたい。

二、
 この決定は、前述したとおり、全国の闘い、勝利決定を積み重ねた結果の勝利である。
  こんなに短期間で裁判所も変るのかとびっくりする程に流れが出来て来た。  それにしても、六、〇〇〇u近くの穴が掘られたままになっているのに、行政指導だけで、原状回復命令を出さない行政側の弱腰にもびっくりしている。
  住民は、この決定に勇気づけられ、今後も闘い続ける決意を固め直したところである。



No.33.2000.8-9

所沢産業廃棄物焼却施設証拠保全申立事件
 浦和地裁川越支部 平成一二年(モ)第一〇七号
 弁護士   鍜治 伸明

 一 所沢における闘争の現状

 すでに周知の事実であるが、所沢周辺には、ごく狭い地域に多数の産廃焼却炉が集中して存在している。ここ数年、周辺住民らの反対運動により、所沢周辺での焼却の継続を断念する業者が現れてきてはいる。しかし、その一方で、今後もこの地域での焼却を継続する意思を有する業者も多く、来る二〇〇二年の規制強化への対応も万全であると謳い、所沢における生き残りを明確に表明している。我々は、これらの産廃業者をひとつひとつ潰してゆくことにした。
 まず、我々は、弁護団を結成し、これまでの操業実態が特に悪質であり、かつ、その周辺に「元気な」住民がいるいくつかの業者をピックアップし、その業者に対し、反撃を始めた。そのうちのひとつの業者に関するケースが、今回紹介するものである。

二 相手方となった業者

 今回証拠保全の相手方となった業者は、関越自動車道所沢インターチェンジ近くで産廃の焼却を続けている業者であり、これまでにも廃プラを燃やしているところを周辺住民に目撃されたり(もちろん廃プラ焼却の許可はない)、焼却灰を野積みにしたまま長期間放置したりなど、周辺住民無視の態度をとり続けてきた業者である。
 この業者の焼却施設に関しては、昨年の一〇月に県から施設の「変更」許可が出された。新たにバグフィルターを取り付けるのだと言う。ところが、現場を見ると、これまであった焼却炉の炉体が取り払われている状態であり、周辺住民から、「なんであれが『変更』なの?」という声があがった。確かに、焼却炉の炉体を撤去してしまっているのに、施設の「変更」許可の対象となるというのはおかしな話であるし、焼却炉の「設置」(新設)となることによる様々な規制を潜脱しようとした可能性もある。そこで、我々は、本年一月に、「変更」許可の取消を求める行政訴訟を提起した。
 また、この業者については、焼却炉の処理能力に関する疑惑もある。この焼却炉は、見た目からしてもかなり大きな炉であり、申請書類等から計算してもかなりの量 の廃棄物の焼却が可能な炉である。しかし、許可上は、一日あたり四・八トンの処理能力しかないことになっている。この点について、いわゆるみなし許可の対象にするためのごまかしがあったのではないかという疑惑がある。

三 証拠保全申立に至る経緯

 周辺住民は、これまでこの業者にやられっぱなしであり、何とか一矢を報いたいという人たちが多かった。そこで、とにかく手っ取り早く裁判所を利用した手続をやろう、ということで、証拠保全を申し立てることになった。
 早速、弁護団で準備にとりかかり、本年一月二七日に申立書を提出した。保全の対象として求めたものは、排ガス、焼却灰の採取・分析、マニュフェストや帳簿類等の書類の検証などである。
 裁判所は、迷惑そうな顔をしたものの、とりあえずは、それなりのやる気を示してくれた。弁護団と裁判所で何度かやりとりをして、本年四月五日に証拠保全を実施することに決まった。

四 証拠保全の実施

 ところが、証拠保全の直前になってトラブルが発生した。三月の末になって、この業者が焼却を停止し、これまで野積みになっていた焼却灰も撤去してしまったのである。証拠保全の動きを察知されてしまったのかと思ったが、実際には、たまたま、この業者についての業の許可がこの三月で期限切れになっており、県が業の更新許可が正式に出るまで焼却を停止するよう事実上の指導をしたのだということだった。
 いずれにせよ、焼却もしていないし焼却灰もなくなっているので、排ガスや焼却灰の採取はできないことになる。むしろ、わざわざ焼却灰もなくなっているような「きれいな事業所」に立ち入って、いつもと違う状況を証拠保全しても、こちらにとってマイナスになるだけではないかという議論が起こった。とりあえず今回は断念するべきという意見も強かったが、結局は、裁判所と共に堂々と施設の中に立ち入ることに意義があるのだという意見の方が強く、予定通 り四月五日に証拠保全を実施することになった。
 そして、四月五日、あいにくの雨の中で証拠保全が実施された。業者側は、憮然とした態度で一貫していたが、特に拒絶することなく、比較的速やかに手続は進み、丸一日かけて、証拠保全の手続は無事終了した。結局、この日も焼却はしておらず、焼却灰もなかったが、施設内部を写 真・ビデオ撮影し、マニュフェスト等の書類を検証することができた。

五 証拠保全の成果

 私自身考えるに、今回の証拠保全の成果は二つある。
 ひとつは、今回の証拠保全実施により、住民らの意識が格段に高まったことである。証拠保全に参加した住民らの間では、とにかくこの業者に一矢報いることができた、という感想が多かった。業者側が憮然とした表情で見守る中、裁判所と共に堂々と施設の中を見て回ったことが、非常に気分のいいことであったようだ。これまで所沢周辺の住民は、運動は一所懸命やるけれども、裁判をやろうとなると一気にしぼんでしまうという傾向が強かったのだが、今回の証拠保全をきっかけに、裁判所をより身近に感じ、今後も裁判をやろう、裁判をやらなければ何も変わらないのだ、という雰囲気が醸成されてきた。これは、今後の運動を展開するに際しても非常に大きな成果 であると思う。
 もうひとつは全く予期しなかった成果であるが、今回の証拠保全の結果、この業者が、廃棄物処理法一四条一一項の帳簿(廃棄物の出入りを記載する帳簿)を全く記載していないことが明らかになった。この規定の違反については、刑事罰(三〇万円以下の罰金)が規定されており、廃棄物処理法違反で罰金刑が確定するということになると、業の更新許可ができなくなる。この業者に関しては、ちょうど業の許可が期限切れとなっており、県が更新許可を出すかどうかという段階にある。更新許可が出る前に、罰金刑を確定させ、県に許可を出させないようにしたいと考え、この業者を刑事告発した。あとは、捜査機関の判断に委ねられるが、これにより、業の更新許可が出ないということになれば、大きな成果 であると考える。

六 最後に

 以上のように、今回の証拠保全は、「とりあえずやってみよう」という乗りでやってみたものです。この業者とは、今後も様々な方法で闘ってゆかなければならないと思いますし、所沢周辺には、他にもたくさんの焼却業者があり、こちらとも闘ってゆかなければならなりません。本当の「ビクトリー」は、もう少し先の話になると思いますが、また必ずこの欄で報告させていただきます。
                                    以上


No.34.2000.9


No.35.2000.10


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