一般社団法人JELF(日本環境法律家連盟)は、2023年8月7日、『「ノネコ」「ノイヌ」を狩猟鳥獣と指定する鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律施行規則の規定の削除を求める意見書』を、環境省自然環境局の野生生物課鳥獣保護管理室と、動物愛護管理室の2か所に宛てて、提出しました。
提出された意見書は以下の通りです。
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2023年8月4日
環境省自然環境局野生生物課鳥獣保護管理室 御中
環境省自然環境局総務課 動物愛護管理室 御中
一般社団法人JELF(日本環境法律家連盟)
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理事長 弁護士 池田直樹
「ノネコ」「ノイヌ」を狩猟鳥獣と指定する鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律施行規則の規定の削除を求める意見書
第1 意見の趣旨
鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律施行規則第三条、別表第二の「ノネコ」「ノイヌ」を規定する部分(以下「「ノネコ」「ノイヌ」規定」という)は、速やかに削除されるべきである。
第2 意見の理由
1 問題の所在
現在、「動物の愛護及び管理に関する法律」(以下「動物愛護法」という)において、「猫」及び「犬」は愛護動物とされ(第四十四条第四項第一号)、それらをみだりに殺傷等することは罰則をもって禁止されている(同第一項、第二項)。
一方、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」(以下「鳥獣保護管理法」という)は、希少鳥獣以外の鳥獣であって、その肉又は毛皮を利用する目的、管理をする目的その他の目的で捕獲又は殺傷の対象となる鳥獣であって、その捕獲等がその生息の状況に著しく影響を及ぼすおそれのないものとして環境省令に定めるものを「狩猟鳥獣」とし(第二条第七項)、同法施行規則第三条、別表第二において、「ノネコ」「ノイヌ」を狩猟鳥獣に指定している。
このことにより、「猫」及び「犬」は動物愛護行政による保護の対象とされ、みだりに殺傷等が禁止される一方で、「ノネコ」「ノイヌ」は狩猟の方法により殺傷しても差し支えないということになり、一方の殺傷は犯罪で、他方の殺傷は適法という全く逆の結論が導き出される。
この場合、「ノネコ」「ノイヌ」とは何か、言い換えれば、「ノネコ」「ノイヌ」と「猫」「犬」の区別基準が極めて重要となるのはいうまでもない。この点、「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律に基づく夜間銃猟等の対応について(通達)」(警察庁丁保発第35号 令和3年4月1日 警察庁生活安全局保安課長)は、「狩猟鳥獣である「ノネコ」「ノイヌ」については、生物学的な分類ではペットとして飼われているネコ、イヌと変わらないが、飼主の元を離れて常時山野等にいて、専ら野生生物を捕食し生息している個体が「ノイヌ」「ノネコ」」であり、「飼い主の元を離れてはいても、市街地または村落を徘徊しているようないわゆる「ノラネコ」「ノライヌ」は「ノネコ」「ノイヌ」には該当せず法の対象にはならない」としている。
しかし、これでは一見して猫や犬の外形的事実から「ノネコ」「ノイヌ」該当性を判断することができない。山野等と市街地・村落に明確な境界はなく、猫や犬に聞くのでもない限り、常時、専ら、であるのか判断できないので、両者を区別することは不可能である。
かくして、もっぱら狩猟者が「ノネコ」「ノイヌ」と判断しさえすれば捕獲・殺傷することが可能であるかのような言説が生まれ、この点を悪用して愛護動物をみだりに殺傷する刑事事件が発生していることが報告されている(一例として、地域住民が地域猫として世話をしていた猫を殺傷し、解体して食べるまでを動画サイトに投稿した広島県の20代男性が動物愛護法違反で逮捕された事件が記憶に新しい。当該男性は、猫を殺したことは間違いないが、法律で守られた愛護動物にはあたらないノネコだと思っていたと供述したとされる)。
2 鳥獣保護管理法(施行規則)及び動物愛護法の制定過程
鳥獣保護管理法は、前身である大正7年4月4日に制定された鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律(以下「狩猟法」という)の改廃により、平成14年7月12日に制定された。狩猟法施行規則は、狩猟法が制定された翌年に大正8年農商務省令第二十八號として制定され、その第一条に狩猟鳥獣の定めがあり、一定の種類の動物以外は全て狩猟鳥獣とするいわゆるホワイトリスト方式が採られていた。その後、狩猟法施行規則がブラックリスト方式を採用して「ノネコ」「ノイヌ」を狩猟鳥獣と定めたのは、昭和25年9月30日農林省令第百八号によるものとみられるが(ただし、後述の第43回衆議院農林水産委員会において林野庁農林技官は、「たしか昭和二十二年に狩猟鳥獣に加えたと考えております」と答弁している)、「ノネコ」「ノイヌ」がブラックリストに入れられた経緯の詳細は不明である(この点において、後述の農林技官は、「昭和二十二年というのはちょうど占領下であって、そういうことがわからないで向こうの法律をそのまま訳したのではございませんか。」との議員質問に対し、「諸外国の例等に徴しまして加えたというふうに考えております。」と回答している)。以後、これを引き継いだ鳥獣保護管理法施行規則においても、「ノネコ」「ノイヌ」は狩猟鳥獣とされてきた。
立法者が「ノネコ」「ノイヌ」をどのように捉えていたかは、第43回国会衆議院農林水産委員会(昭和38年3月12日)での林野庁農林技官の答弁が参考になる。答弁によれば、「ノネコ」「ノイヌ」は「元来は家畜」であったものが「野生化」して「山野に自生」し「野山に」いるものであり、「判別が非常に困難」で「医学的に胃袋その他を検査して、食性の種類等で判別しなければならぬのではないか」という。殺傷し、解剖してみないと「ノネコ」該当性が判断できないというのであるから、立法者自ら「ノネコ」「ノイヌ」規定が破綻していることを認めているに等しい。なお、当該農林技官は、「ノネコ」「ノイヌ」規定について「これ(ノネコ、ノイヌ)をはずすという特段の理由もありませんので、従前通り入れて参りたい」と述べていた。ブラックリストに「ノネコ」「ノイヌ」を残すことに喫緊の理由はなく、漠然と残されたというのが実態であろう。
時代は下り、動物愛護法の前身である動物の保護及び管理に関する法が議員立法により昭和48年10月1日に制定される。同法は当初から、人が占有しているかを問わず「ねこ」「犬」を「保護動物」としてきた。それは動物愛護法における「愛護動物」として引き継がれ、現行法は、動物愛護・福祉への関心の高まりに呼応して、「猫」「犬」などの愛護動物に対する虐待等を懲役刑を含む厳罰対象とするに至っている。
3 「ノネコ」「ノイヌ」を狩猟鳥獣とすることの不合理性
(1)鳥獣保護管理法と動物愛護法の整合的解釈の試み
まず前提として、鳥獣保護管理法施行規則の「ノネコ」「ノイヌ」と、動物愛護法の「猫」「犬」は生物学的に同種の動物である。
動物愛護法上、愛護動物たる「猫」「犬」は、文字通り「猫」「犬」であり、その生息地や食性、人が占有しているか否かを問わない。このことから、動物愛護法上の愛護動物たる「猫」「犬」は、鳥獣保護管理法施行規則上の「ノネコ」「ノイヌ」を包含すると解さざるをえない。現実的にも、「ノネコ」「ノイヌ」と愛護動物たる「猫」「犬」との外形的区別は、既に述べた通り不可能である。そうすると、鳥獣保護管理法施行規則の「ノネコ」「ノイヌ」規定は、動物愛護法との関係で矛盾する規定ということになる。
これに対し、「環境省動物虐待等に関する対応ガイドライン」(令和4年3月発行)は、「ノネコ」「ノイヌ」は愛護動物に含まれないと説明する。しかし、同ガイドラインは、「ノネコ」「ノイヌ」と「猫」「犬」を明確に判別することは難しいとも述べている。結局のところ、猫又は犬である動物を狩猟の対象とすれば、動物愛護法第四十四条違反を避けられないことになり、両法を整合的に解釈することは不可能である。
このように、鳥獣保護管理法施行規則の「ノネコ」「ノイヌ」規定は、動物愛護法第四十四条の一義的な文言に違反することが明らかである。そして、「愛護動物」は動物愛護法上の概念であるところ、「ノネコ」「ノイヌ」は、国民の審判を経ずに行政が自由に決めることが可能な省令によって狩猟鳥獣に定められている。動物愛護法は、「猫」及び「犬」を所属や生活実態の違いにかかわらず愛護動物としてこれを保護しようとしているのであるから、猫や犬を狩猟の対象として殺傷を許容する鳥獣保護管理法施行規則の「ノネコ」「ノイヌ」規定は、動物愛護法の趣旨を逸脱しており、同法に抵触することは明らかであろう。
(2)「ノネコ」「ノイヌ」を狩猟鳥獣とする必要性が認められないこと
「ノネコ」「ノイヌ」は、その肉又は毛皮を利用する目的、管理をする目的その他の目的で捕獲又は殺傷の対象となる鳥獣とされている。
しかし、現代日本において、猫や犬が肉又は毛皮の利用目的とされることは常識的に考えられない(先の広島の事件のように悪用されることはありうる)。また、猫や犬が現代の農林水産業に被害を及ぼすことは常識的に考えられない。猫や犬が人間の生活環境に影響を及ぼす点は否定できないが、それは人間の生活圏とかかわりを持つ飼い猫・飼い犬、野良猫・野良犬をめぐる問題であり、「ノネコ」「ノイヌ」とは無関係である。
「ノネコ」「ノイヌ」を狩猟捕獲の対象とする目的として現代日本において議論の対象となってきたのは、希少動物の保護ないし生態系の保全であった。この議論においては、第一に、猫や犬による捕食が希少動物減少の原因となっているのかについて科学的検証が必要であるが、この点を措いて、日本固有の希少動物の保護を目的として、行政主導の下、それらが生息する森林域で数百匹単位の猫を捕獲、保護し、そのうち飼い主のいない猫はその多くを動物愛護団体等に譲渡している実例は近年多くある。この場合、わな猟を用いたり、ましてや猟銃で撃つなどして猫を殺傷する必要性は皆無であり、捕獲後の猫を殺処分する必要性もない。猫や犬の身体の安全を確保しつつ捕獲する方法は確立しており、捕獲後の猫はその特性に応じて人間の管理下に置き、最終的には譲渡により飼い主のいる猫に転化することが可能だからである。そもそも、保護猫・保護犬活動、地域猫活動などを通じて、飼い主のいない猫・犬を捕獲して譲渡したり、地域住民が地域猫として飼育管理することは、環境省による推進の下に広く行なわれている。ここに希少動物の保護ないし生態系保全目的が加わっても、行うことは何も変わらない。したがって、鳥獣保護管理法施行規則の「ノネコ」「ノイヌ」規定がなければ希少動物の保護ないし生態系の保全を実現することができないということはないから、同規定の必要性は完全に否定されている。
4 結論
以上のとおり、鳥獣保護管理法施行規則の「ノネコ」「ノイヌ」規定は、動物愛護法に抵触しており、その必要性も認められない。かえって、同規定の存在は、これを根拠に猫や犬の虐待を正当化しようとする者に悪用されているのが現状であり、同規定を残しておくことは弊害しかもたらさない。
したがって、鳥獣保護管理法施行規則第三条、別表第二の「ノネコ」「ノイヌ」を規定する部分は、速やかに削除されるべきである。
以 上