2021年10月7日、JELFは奄美大島、嘉徳浜が世界自然遺産バッファーゾーンになったことの見直しを求める要請書を、IUCN日本委員会と日本ユネスコ国内委員会の2か所にあてて、提出いたしました。
以下、JELFが提出した声明の日本語版を掲載します。
添付資料1、添付資料2については、PDFファイルの方からご確認ください。
なお、この意見書は、現在、英語版の提出に向けて翻訳作業中です。
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2021年10月7日
一般社団法人JELF(日本環境法律家連盟)
Japan Environmental Lawyers for Future
理事長:弁護士 池 田 直 樹
所在:〒453-0015
愛知県名古屋市中村区椿町15番19号
学校法人秋田学園名駅ビル2階(本部)
Tel:052-459-1753
Mail:jelf@green-justice.com
(担当) 弁護士 上 野 孝 治
鹿児島県大島郡瀬戸内町嘉徳海岸は自然遺産バッファーゾーンですが、現在コンクリート人工物(護岸)建設が進められています。この護岸はバッファーゾーンの趣旨に反するものといえるので、日本政府、鹿児島県に対し、IUCNより見直しを勧告することを求めます。
1. 一般社団法人JELF(以下「JELF」といいます)は日本全国の弁護士約450名で構成される環境保護団体です。弁護士で構成される環境保護団体としては我が国最大規模のものです。
嘉徳海岸では2014年来襲した2つの台風により、砂丘の一部が侵食された結果、鹿児島県は防災措置として護岸工事を進めようとしています。私たちは、護岸に頼らず、自然地形をそのまま活かした防災対応が可能であるという理由で、護岸工事に反対しています。
2. 2021年7月26日の世界遺産委員会において、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」の世界自然遺産登録が正式に決定されました。これは2021年提出されたIUCN評価書(IUCN World Heritage Evaluations 2020 and 2021)に基づくものでした。
IUCN評価書が作成されるにあたって、日本政府とIUCNは協議し、日本政府は嘉徳川及び嘉徳海岸をバッファーゾーンとして保護することを約束しています。
一方で、日本政府は本件護岸については住民合意及び護岸が河川から悪影響を与えないだけの十分な距離にあることを理由に護岸工事を進めようとしています(IUCN評価書、奄美大島、徳之島評価、4.2(p.8))。
しかし、護岸について日本政府の言う住民の合意には正当性がなく、かつ、護岸工事は嘉徳川に対する侵害行為そのものであることから、IUCNより日本政府及び鹿児島県に対し、護岸工事の中止を勧告するよう求めるものです。
3.日本政府の言う住民合意に正当性はありません
(1)住民に適切な情報が提供されていないこと
2017年6月29日から7月13日にかけて鹿児島県は護岸について住民意見を聴取しました。護岸に賛成した住民の意見は「このままだと侵食が進み集落が無くなるのでは」と要約されています。しかし、嘉徳海岸は安定していて長期的にみて汀線が後退することはなく、「侵食が進み集落が無くなる」ということはありません。住民には十分な情報が提供されていません。
(2)現在の住民の意識では反対意見が増えていること
護岸工事に対する反対運動が続き、住民の意識も変化しています。また、新たな居住者も現れています。2021年初め嘉徳地区居住者は20名でした。うち、反対住民は6名存在します。嘉徳を愛して居住していた若い世帯があったのですが、護岸工事によって海岸が壊されていく姿を見たくないということで、過去(2021年以前)に子供も含めて4名転居しています。
JELFでは2021年9月、嘉徳住民の意識調査を実施しました。この時点で住民は19名、うち4名は寝たきりで介護状態あるいは老健施設に入所している状態であり意思表示ができるとは考え難い状態です。調査により、意思表明できる15名のうち少なくとも7名が護岸工事に反対していることが明らかになりました。
(3)コミュニティの重要性
世界遺産条約5条は「自然遺産に対し社会生活における役割を与え」るとしています。自然状態を維持することが地域の持続可能な発展に寄与すること、すなわち地域住民が正しく自然の価値を理解し、次世代に引き継がれるよう保護政策が実行されることを意味しています。バッファーゾーンでもこの考えは同じです。地域住民に正しく情報を提供し、自然の価値が次世代に引き継がれるよう、住民の合意形成がはかられるべきです。嘉徳護岸について住民合意に正当性がない以上護岸計画は見直されなければなりません。
4.河川への影響についての誤ったメッセージ
(1) IUCN世界遺産評価書は嘉徳護岸について言及し、「また、政府は奄美大島において最後の自然の水流(free-flowing river)を残した嘉徳川は、将来にわたり河川構造物の建設の対象としないことに合意した。政府は、海岸堤防(の建設予定地)が、河川に悪影響を与えないだけの十分な距離を担保することを特筆した。」と記載してあります。
(2) しかし、嘉徳川は時期によって河口を変動させ、時には岸に沿って砂浜を横切って北上し、嘉徳浜北部に流入し、この変動によって嘉徳海岸全体の砂の変動に寄与しています。従って、嘉徳浜は嘉徳川の一部となっています。政府のいう護岸が「河川に悪影響を与えないだけの十分な距離」にあるというのはあり得ません。
嘉徳海岸と嘉徳川の関係について日本政府は誤ったメッセージを送っています。
5. 自然に配慮した工事であるとの誤った報告がされていること
(1) 鹿児島県は、計画している護岸工事について、建設したコンクリート護岸の前面に上から砂をかぶせてコンクリート護岸は外部から見えないようにすること、砂をかぶせた上でアダンを植栽することから、自然に配慮した工事であるとの説明をしています。
(2) しかし、このような鹿児島県の説明は誤りであることが海岸工学の専門機関による調査・解析により明らかになっています。
実際は、コンクリート護岸は、低気圧や台風による暴浪時には、波が当たる砂浜の変動帯に建設することが計画されています。そのため、県が計画するコンクリート護岸を作っても護岸の前の砂が流されてなくなってしまいます。護岸がない今の状態であれば、台風などの際も砂が動いて形を変えて海岸過程の中で砂が戻ります。しかし、計画されている護岸ができると、波はそこで跳ね返り砂も動かないので護岸がむき出しになっていってしまいます。護岸の上に砂を盛っても流されてしまうのでアダンも育つことなく流されます。したがって、鹿児島県の説明は誤りです。
むき出しになった状態の護岸はさらなる侵食を招くことになるので、計画されている護岸は逆に侵食の原因を生み出すことになります。
(3) 鹿児島県が現在計画している護岸は、実態を見れば、自然に配慮した工事とは言えるものではなく、世界で採用されている自然堤防やEco-DRRなどと呼ばれる自然地形を生かした防災とは到底言えないものです。
6. 嘉徳海岸では自然地形を生かした海岸政策を
(1) 嘉徳川は嘉徳海岸と一体となって自然生態系を形成し、嘉徳川の源流は自然遺産となっています。バッファーゾーンとしてふさわしい対応が必要です。
(2) 海岸工学の専門家は次のことを指摘しています。
① 嘉徳海岸は沿岸部も含めて砂の量は安定しており、長期的にみて汀線の変動はなく、侵食が進むことはない。
② 2014年に来襲した2度の台風によって5mの砂丘が崩れ大きな浜崖ができたため、さらなる砂丘の崩壊を防ぐには護岸が必要というのが、鹿児島県の考えである。しかし、砂浜は急速に回復し、ほとんど以前の状態にまでなっている。
③ 浜崖で失われた砂は沿岸部にとどまり、陸側に移動してきて、サンドバーを形成している。サンドバーは波のエネルギーを減衰させるため、防災効果がある。
(3) 私たちは自然遺産条約にふさわしい海岸政策を求めています。
① 植物によって砂を捕捉し、また、場合によっては砂を補充し、2014年台風前の地形を回復することで防災効果が得られる。
② 背後地の住民の避難計画や避難施設を整備し、災害への適応能力を高める。
③ 自然地形、自然生態系から得るサービスを最大限活用し、地域の発展をはかる。地域に若い居住者が増えれば防災効果は今より高いものになる。
7. 工事は現在着工直前となり、砂浜の植物が伐採されつつあります。工事は不可逆的な事態を招きます。このまま放置することは自然遺産に指定された趣旨を台無しにすることになります。IUCNには直ちに工事を中止して、護岸工事を再検討するよう、日本国政府、鹿児島県に勧告されるよう求めます。
以 上
添付資料1:住民聴き取り調査結果報告
添付資料2:嘉徳海岸の計画護岸について IUCN 評価書に違反する事項についての通報 および締結国として河川および海岸管理者に対して見直し要請の必要についての通報