2020年06月10日

2020年6月10日 農林水産省「家畜伝染病予防法施行規則の一部を改正する省令案」に対するパブリックコメントを提出しました。

 2020年6月10日、JELFは農林水産省による「家畜伝染病予防法施行規則の一部を改正する省令案」に対するパブリックコメントを提出しました。
 以下、JELFが提出した意見を掲載します。

 パブコメの詳細は、以下のリンクをご参照下さい。
 https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=550003113&Mode=0

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<意見>

家畜伝染病予防法施行規則の一部を改正する省令案についての意見

2020年6月10 日
名古屋市中村区椿町 15-19 学校法人秋田学園名駅ビル2階
一般社団法人JELF(日本環境法律家連盟)
理事長 弁護士 池田直樹
連絡先:052-459-1753(電話) jelf@green-justice.com(メール)

 

 一般社団法人JELF(日本環境法律家連盟)は、日本全国の弁護士約430 名で構成される環境保護団体であり、弁護士で構成される環境保護団体としては我が国最大規模のものです。私どもは、この度、家畜伝染病予防法施行規則の一部を改正する省令案について、以下の意見を提出します。

1.要旨
 飼養衛生管理基準(牛、水牛、鹿、めん羊、山羊)、及び飼養衛生管理基準(豚、いのしし)の改正案について、各基準に共通する次の二点について、いずれも削除することを提案いたします。
(1)「畜舎外での病原体による汚染防止」の項目における、「大臣指定地域においては、放牧場、パドック等における舎外飼養を中止」の一文
(2)「放牧制限の準備」の項目

2.理由
(1)概要
 本改正案における放牧の制限に関する上記各規定は、①合理的根拠がない過度の制約であること、②アニマルウェルフェア(動物福祉)及びSDGs の理念に反すること、③倫理的消費の理念に反すること、④畜産事業者への十分な周知及び意見聴取等が行われていないことから、削除すべきと思料します。
 以下、詳述いたします。

(2)放牧の制限は合理的根拠がない過度の制約であること

ア.客観的合理的な検証結果に基づくものではないこと
 本改正案は、合理的根拠なく放牧を制限するものであり、放牧を行う畜産事業者の営業の自由を過度に制約するものです。
 本改正の趣旨は、家畜伝染病の発生予防及びまん延防止のための家畜の防疫体制の強化にあり、その目的は必要かつ重要なものと言えます。本意見においても、家畜伝染病の予防による家畜の保護や畜産農場の安定経営のため、各畜産農場の実態や伝染病の発生事例の検証結果に基づき、合理的な根拠に基づいて有効な防疫措置を講じるべきことについて否定するものではありません。
 しかしながら、放牧と畜舎飼いを比較した場合に、放牧の方が伝染病の感染リスクが高いとする調査結果等の科学的データは示されておらず、放牧の停止又は制限が家畜の感染症拡大の防止に効果的であると結論づけられる合理的な根拠は見当たりません。
 むしろ、放牧から畜舎飼いに移行することにより、行動が制約されて運動不足になった家畜の免疫力が低下し、かえって伝染病の感染リスクが高まるおそれがあります(農林水産省「アニマルウェルフェアの考え方に対応した豚の飼養管理指針」p.10 ア)。
 今般問題となっているCSF(豚熱)については、野生イノシシ由来のウイルスが養豚場に侵入するという感染経路があることは否定できませんが、近時のCSF 発生事案に関する農林水産省の検証資料によると、感染が確認された農場では、野生イノシシの侵入対策や、農場に出入りする車両、給餌車などの器具や人の消毒などが不十分だったことが指摘されています。(「家畜伝染病予防法改正の方向(イメージ)」p.4 など)。
 「各畜産農場が感染防止のための厳重な対策を最大限に講じており、畜舎飼いの農場では感染がみられなかったにもかかわらず、複数の放牧農場において野生イノシシなどの侵入が原因で家畜がウイルスに感染した」といった顕著な事例がないのであれば、放牧等の屋外飼育そのものが主たる感染原因になっていると合理的に結論づけることはできないと考えられます。加えて,感染症を媒介する野生のイノシシとの接触を防ぐという目的は、本改正案の「衛生管理区域への野生動物の侵入防止」に規定される二重柵の設置等、他の手段によっても対処できるものであり、放牧自体を制限する必要性があるとはいえません。
 また、一部の感染事例において、ネズミやカラスなどの野生動物により農場内にウイルスが侵入した可能性があるとしても、放牧など屋外飼育における農場の実態や状況などを詳しく調査し、ワクチンの有効性なども踏まえて危険性を比較検証する、といった必要十分な検討が尽くされていない以上、上記の可能性のみをもって、放牧の停止のような厳しい規制を定める根拠とすることはできないものと思料します。
 更に、今回の改正案には、牛などの豚・いのしし以外の他の家畜に対しても、家畜伝染病予防法第34条(放牧等の制限)と比べて放牧の制限や停止が容易となりうる規定が盛り込まれています。しかしながら、今般問題となっているCSF についても、実際に放牧された牛などが野生動物と接触した結果、その移動や運搬の過程で豚の感染症を媒介したと認められる客観的な検証結果がない以上、一律に同じ内容の規制を及ぼすことは合理的ではありません。

イ.畜産農家の不利益が大きいこと
 まず、「家畜を飼養できる畜舎の確保又は出荷若しくは移動のための準備措置を講ずること」を義務付けるのは、特に畜舎を設けず完全放牧で管理している畜産農家の場合、外界との接触が避けられる畜舎を新たに用意する必要が生じ、多大な経済的負担が課されることになります。
 そして、本改正案に基づき、大臣指定地域において放牧の停止が求められた場合、放牧停止の期間制限等が設けられていないことから放牧ができない期間が長期化することが予想され、放牧主体の畜産事業者の経営に重大な影響を与えるおそれがあります。
 これまで放牧されていた家畜が畜舎飼いに移行することにより、家畜の健康状態等に悪影響が生じ、畜産物の品質低下等を招くおそれがあります。
 また、「放牧による自然で健康的な飼育」という付加価値により畜産物の差別化を行っている畜産事業者も少なくないところ、後述の通り、放牧が制限されることによりそれらの付加価値が失われれば、倫理的消費(エシカル消費)を志向する顧客を失い、収益に深刻な打撃を与える可能性が高いといえます。
 更に、アニマルウェルフェアはESG 投資の重要な分析指標として捉えられるようになっていることからしても、安易な規制はアニマルウェルフェアに配慮した畜産を行っている畜産事業者に大きな打撃を与えかねません。
 本改正案は、放牧による自然で健康的な飼育を前提とする畜産事業の継続を事実上困難にし、結果として多数の畜産事業者が廃業を余儀なくされるといった深刻な事態が生じることが懸念されます。このような形でアニマルウェルフェアの理念に基づく農場経営という選択肢が失われることは、単なる経済的価値のみでは測れない、職業選択の自由(憲法22条1項)そのものに関わる重大な不利益であるといえます。
 よって、本改正案における放牧制限に関する規定は、本改正案の目的と実質的な関連性がなく、必要性・合理性が認められるものではないことに加えて、放牧を行う畜産事業者に過度の制約を課し重大な不利益を与えるものであることから、削除することが相当と思料します。

(3)アニマルウェルフェア及びSDGs の理念に反するものであること
 放牧は家畜の健康にとって重要であり、放牧を制限し畜舎内での飼育を強制することは、動物を快適な環境で飼養すべきとするアニマルウェルフェアの理念に反する重大な問題となります。
 近年、アニマルウェルフェアに基づく家畜の体の健康と心の健康を重視する飼養方式は世界的に求められており、その動きを受けて、農林水産省より、アニマルウェルフェアの考え方を踏まえた家畜の飼養管理の普及に努める方針が示されています。
 前述のとおり、放牧の停止が伝染病の予防に有効であるとの明確な根拠がないにもかかわらず、放牧を必要以上に規制することは、アニマルウェルフェアに関する農林水産省の方針と矛盾するものです。
 更に、放牧は、家畜の健康を維持し、安全な畜産物の生産と生産性の向上につながりますし、飼料を地産地消できる点等から持続可能な循環型農業としても重要視されており、それらを規制することは、国際社会が共通して取り組むべき課題であるSDGs の宣言9で、人類が自然と調和し、野生動植物その他の種が保護される世界を目指すこととされ、また目標2で持続可能な農業の推進が求められており、かつターゲット2.4で持続可能な食料生産システムの確保が求められているところ、それらSDGs が目指すべきとする目標の実現を後退させるものとなります。

(4)倫理的消費の理念に反すること
 近年、倫理的消費(地域の活性化や雇用なども含む、人や社会、環境に配慮した消費行動)への社会的関心が高まっており、それらの配慮の対象にはアニマルウェルフェアも含まれています。消費者庁も消費者、事業者、行政ぞれぞれの視点から倫理的消費の必要性と意義を示し、倫理的消費の普及及び推進を目指しています。
 このような倫理的消費を普及させるためには、消費行動の主体である消費者の意識を高めるだけでなく、消費者の倫理的消費に応えようとする事業者の積極的な取り組みを後押しできる環境の整備が必要となります。
 しかしながら、本改正案における放牧の制限に関する規定は、アニマルウェルフェアに配慮している畜産事業者の安定した経営を妨げるものであり、倫理的消費の推進を図る消費者庁の取り組みに反するものとなります。倫理的消費の理念は、商品・サービスの選択権を有する消費者にとって重要な尺度となっているにもかかわらず、本改正により畜産事業者による放牧ができなくなった結果、アニマルウェルフェアに配慮した畜産物を購入する機会が失われることになれば、倫理的消費を志向する消費者に重大な不利益が生じることになります。

(5)畜産事業者への十分な周知及び意見聴取等が行われていないこと
 本改正案については、改正により影響を受ける当事者である畜産事業者に対して、十分な周知や聞き取り調査、意見聴取等が行われたとは言い難い状況にあります。実際に、放牧を行っている畜産事業者が、本改正案について周知や意見聴取が行われていないと主張して反対を求める動きなどもあることから、畜産事業者が本改正案の是非について検討する実質的な機会が与えられていなかったと考えられます。
 わが国の畜産事業者は多様であり、飼育する家畜の種類、事業の規模、飼育の態様、地域性などにより状況が大きく異なっています。これらの事業者に対する規律を策定するにあたっては、現在の畜産業の実態に合致した現実的な内容とすべく、業界関係者と連携して綿密な調査及び検証を行う必要があります。こうした調査検証に基づく検討が不十分なまま一律の規制を実施することは、手続保障の問題にとどまらず、わが国の畜産業の存続と発展に重大な悪影響を及ぼすことが懸念されます。

3.今後の対応について
 現在、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による影響により畜産物の消費が低迷するなど、業界を取り巻く状況自体が大きく変化しています。このような状況下において、畜産業界に多大な影響を与える本改正案を早急に成立させるべきではありません。
 放牧の制限に関する規定の見直しを含め、本改正案の内容について改めてご検討いただきたく、よろしくお願いいたします。

以 上