海上町産業廃棄物最終処分場 許可処分取消請求事件

     弁護士 及川智志 (千葉県弁護士会)


1 本件の経緯

 平成13年5月、房総半島東部地域に位置する海上町(現旭市)に住む住民ら7名が訴訟を提起した。千葉県が設置を許可した産業廃棄物最終処分場の許可取消しを求める行政訴訟である。
 本件提訴までの経緯のあらましは以下のとおりである。
 昭和63年4月産廃業者(株式会社エコテック、ただし当時は別の旧社名)が事前協議書を提出。同年6月処分場予定地の所在する海上町、銚子市及び東庄町が反対表明。平成10年5月海上町が「最終処分場反対」決議、銚子市が「産廃最終処分場反対の意見書」採択。同年6月8日業者が県知事に対し産業廃棄物処理施設設置許可申請。同年8月海上町が住民投票、投票率87.3%、反対票が97.6%を占める。
 このように本件処分場に対しては地元住民が一貫して反対していた。とくに産廃処分場の是非を問うものとしては県内初の住民投票の結果が反対の民意を端的に示していた。それも考慮したのか、長らく続いていた保守政権の沼田前県知事(当時)ですら、平成11年4月、本件許可申請について一旦は不許可処分としていた。
 ところが、業者が行政不服審査請求をしたところ、当時の管轄官庁の厚生省は、平成12年3月、県知事の不許可処分を取り消すとの裁決をした。そして、沼田前県知事は、平成13年3月1日、業者に対し設置を許可した。
 地元の意思を無視した県知事の暴挙に対し、住民らは果敢に本件訴訟を提起した。しかも、提訴当初、住民らは弁護士を就けていなかった。この種の行政訴訟の勝率は低い。しかし、サイはすでに投げられていた。提訴後、住民らから相談を受けた田中由美子弁護士(千葉)の呼びかけに応え、9名からなる弁護団が結成された。


2 重装備の管理型処分場

 本件処分場は、遮水シートなどを敷いた上に、焼却灰なども含む多種多様の廃棄物を埋立て、浸出水を排水処理して有害物質の漏出を防ぐという、いわゆる管理型最終処分場である。規模は、埋立面積4万7854平方メートル、埋立容積74万2838立方メートル。計画搬入量は10トントラックで年間9600台にも達する。
 また、いわゆる重装備の処分場という特徴を有していた。遮水シートを二重に敷設(高密度ポリエチレンシート・HDPEと加硫ゴム系シート・EPDM、ともに厚さは1.5mm)、さらにその下に厚さ50センチメートルの粘性土ライナー(ベントナイト)を設け、不織布、保護覆土、砂層を加えると、5重の遮水工を採用していた。漏水検知システムも備えて、設計上はシート破損の場合に直ちに補修できるシステムとしていた。さらに、浸出水を浄化処理した上、処理水を全量蒸発散させて、一切外部環境へ放流しないというオマケまで付いていた(ちなみにこの蒸発散システムについては、一旦不許可となった際に非科学的とまで指摘されたものであり、それを改良したからといってどこまで機能するのかは甚だ疑問の代物ではあったが)。
 まず、最初の課題はこの遮水工が不完全なものに過ぎないという立証であった。管理型最終処分場については、東京・日の出など各地でシート破損と環境汚染が明らかになっている。しかしながら、今回の業者の主張は、そうした旧来の欠陥を克服して万全を尽くした最新のシステムを採用するというものであった。それは我々の眼から見ると、ただの机上の空論に過ぎないことが明らかである。ただ、それを裁判官に納得させるのは、この手の訴訟に関わる者には周知の事実であるが、極めて困難を伴う仕事であった。とくに処分場の安全性が直接の論点ではなく、それについての県の判断の是非が争われる行政訴訟では尚更である。


3 経済的基盤の問題  

 いうまでもなく、廃棄物処分場では、施設そのものの安全性とともに、その施設を適正に維持管理できるだけの業者の経済的基盤が不可欠である。仮に万全のシステムであっても、それを決められたとおりに運転する金がなければ、最新技術も絵に描いた餅に過ぎないし、産廃業者が金欲しさに悪事を働くことはままあるからである。そこで、廃棄物処理法は、平成12年の改正により「経理的基礎」があることを最終処分場の設置許可の要件として追加した。
 ところで、本件業者は、最終処分場を事業化するために設立された会社であり、建設費を始め事業開始資金の全てを金融機関等から融資を受ける予定になっていた。この融資はどうやって受けるのか。弁護団では、本件処分場予定地の登記簿謄本(50筆以上)を全て取り寄せ、洗った。すると、おかしなことが次々に判明した。
 例えば、業者が18億5000万円もの借入れを県に隠していたことが分かった。その借入れにつき登記簿上は抵当権が設定されているのに、業者は県に提出した貸借対照表には記載していなかったのである。また、業者が使っていた地上業者などを債務者とする担保が多数設定されていた。それらは確かに業者自身の負債ではないが、金融機関等から融資を受けるにあたっては、事前に処分場予定地に設定された担保権を抹消しなければならない。第一順位の抵当権を経由することが融資の条件なのだから。それらの担保権の被担保債権額は総額36億7200万円にも上るが、それらの抹消に係る費用は業者の事業計画に計上されていなかった。
 そもそも、原告らからの再三の求めにもかかわらず、業者は、融資元金融機関、融資内容やその条件を明確にしなかった。借入利率については、登記簿謄本上は年利15%と利息制限法の上限を記載しているものが多く、高利貸しを疑わせるものですらあった。
 また、担保権の債権者とされている会社と債務者となっている会社の役員をチェックすると、同じ人物が役員になっていたり、産廃業者の株主やかつての取締役らが業者の資産であるはずの処分場予定地に多数の抵当権を設定していたり、といった不審な事情もあった。極め付きは、被告の元取締役が同和団体を名乗って海上町に乗り込み、当時の助役を恫喝していた、という事実である(録音テープが残されていた)。このように業者の属性も極めて疑わしいものであった。
 原告弁護団は、経済的基盤の問題を立証の1つの焦点に据えた。


4 全国初の取消判決

 本年8月21日、千葉地裁405号法廷。堀内明裁判長が主文を読み上げた。全国初の最終処分場設置許可取消判決。判決は「エコテックの経理的基礎は、本件許可処分時において、本件処分場の周辺住民である原告・・らが、生命又は身体等に係る重大な被害を直接に受けるおそれのある災害等が想定される程度に経理的基礎を欠く状態であるというべきである」とした。裁判所は、独自の試算に基づき、埋立事業が赤字になるという判断まで示した。原告らと傍聴席を埋めた住民ら、そして弁護団も、歓喜の声を抑え切れなかった。
 勝利の予感はあった。本件行訴判決に先立つ本年1月31日、本件処分場の建設・操業等の差止を求めた民事訴訟において、千葉地裁(長谷川誠裁判長)は、住民らの差止請求を認容していたからだ。いずれの判決も、その瞬間の感動は忘れられない。
 なによりも、勝訴の栄誉は、長年にわたり勇気を持って闘ってきた住民らにある。


5 県の控訴

 本件勝訴判決直後、住民らと弁護団は、千葉県庁を訪れ、知事への面会と控訴断念を求めた。しかし、堂本暁子県知事は海外出張を理由に住民らと面会せず、態度を明らかにしなかった。
 住民らは、直ちに署名活動を開始した。勝訴判決後わずか10日間余りで、県に控訴断念を求める署名は5000筆を超えた。署名を携えた住民らは、県庁に対する要請行動や街宣行動を敢行した。
 しかし、住民らの願いは届かなかった。県知事は控訴期限日の本年9月4日、控訴した。最後まで県知事は住民らと面会せず、住民らから直接声を聞くことすらしなかった。自称「環境派」との堂本知事の化けの皮が剥がれた瞬間であった。