2003年9月から米国連邦裁判所に係属し、JELFも原告の一員でもある米国ジュゴン訴訟は、2018年8月1日(水)に米国のサンフランシスコ連邦地方裁判所によって私たち原告の主張を退ける判決が出されました。
JELFの他、沖縄の3名の個人原告、沖縄のNGOのジュゴン保護基金、そして、米国の環境NGOのCenter for Biological Diversity (CBD)とTurtle Island Restoration Networkは、この判決を不服として、米国時間の9月24日に控訴しました。訴訟代理人は米国の環境訴訟専門のNGO、Earthjusticeです。
2018年9月26日(水)16:00~ 沖縄で原告団が記者会見を行いました。その際に発表したプレスリリース、米国側原告のプレスリリースなど掲載いたします。
・2018年9月24日 共同原告の米国NGO、Center for Biological Diversity による声明(英文)
・2018年9月24日 Center for Biological Diversityのプレスリリース和訳
・2018年9月26日 日本側原告によるプレスリリース
<これまでの訴訟資料について>
・2003年提訴時~2017年8月21日 2008年原告側勝訴の地裁中間判決~控訴審判決までの訴訟資料はこちら
→ https://www.jelf-justice.org/base_issue/post-909/
・2017年8月21日~2018年8月1日 地裁差戻し判決までの訴訟資料などはこちら
→ https://www.jelf-justice.org/base_issue/post-1430/
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プレスリリース
沖縄ジュゴン「自然の権利」訴訟控訴に向けての弁護団声明
2018 年9 月25 日
弁護団長 弁護士 新垣 勉
事務局長 弁護士 籠 橋 隆 明
Tel 052-459-1750
lawyer-kago@green-justice.com
沖縄ジュゴン「自然の権利」訴訟は沖縄のジュゴンを保護するために米国国家歴史保存法(National Historic Preservation Act/NHPA)違反を理由に2003 年に提訴された訴訟である。2018 年8 月1 日付けでエドワード・チェン判事は私たちの訴えを棄却したので,私たちは控訴することとし,控訴に当たっての弁護団の声明を発表する。
1. 沖縄ジュゴン「自然の権利」訴訟の経緯
NHPA は米国の文化財を守るための法律であるが*1,他国の文化財についても適用される旨が明文で規定されている*2。 ジュンゴンは我が国においては文化財保護法上天然記念物と指定されていることから,NHPA 上保護の対象となる。辺野古新基地建設区域はジュゴンの重要な生息地であり,新基地建設は沖縄のジュゴンの生息に深刻な悪影響を及ぼすことになる。
基地建設が日米政府の合意のもとに米国政府の要望に基づき建設されること,米国政府(国防総省,United States Department of Defense/DoD)は基地建設後の利用者であること,日本国政府が基地建設のためにキャンプシュワブ内に立ち入るについて許可する者であることから,米国政府は基地建設及び利用に法的影響力ある立場にある。そのため,米国政府はNHPA 上の保護手続きを実施するべき義務があるというべきである。
そこで,2003 年に日本環境法律家連盟(現在,一般社団法人JELF)は本件を計画し,沖縄県住民及び米国環境保護団体生物多様性センター(Center for Biological Diversity/CBD)などとともに訴えを提起した。
訴訟ではジュゴンという生物にNHPA が適用されるか論争になった。この点,連邦地裁マリリン・パテロ判事は日本が生物を文化財とした判断を尊重するべきであるとしNHPAの適用を認めた上,さらに2008 年1 月にはDOD は法令を遵守していない状況にあるとの中間判決を下した。その後,民主党政権下の混乱もあって辺野古基地実現可能性が極めて流動的になった日本の状況を考慮して裁判は停止された。しかし,安倍政権に代わり基地建設が具体化されるに至ったことから裁判が再開されることとなった。再開時,マリリン・パテロ判事は退官しており,エドワード・チェン判事が本件を担当した。
裁判では基地建設のための日本政府に対する入構許可の差止めとDOD が違法状態にあることの確認を求めたが,2015 年,同判事は原告らの請求を原告適格なしとし、また政治問題の法理にて却下している。これに対して,原告らは第9 巡回連邦裁判所に控訴し,同裁判所は原告らの原告適格を認め,かつ政治問題の法理は適用されないとして、エドワード・チェン判事の判決を取消し,原審に差し戻している。
連邦地方裁判所エドワード・チェン判事は原告ら請求をあらためて審理し,2018 年8 月1 日付けで原告らの請求を棄却した。
2. 本件の争点
本件においてNHPA が適用され,かつ2008 年の時点においてDOD が遵守していない状況にあるという中間判断がされている。NHPA における保護手続きの核心は「考慮の手続き(take into account/TIA)」にある。「考慮」とは文化財とされるものへの影響をはかるために,DOD が法的影響力を行使するに先立って,当該文化財に関係する者,特に地方政府や地方政府の文化財保護担当機関,ジュゴンに文化的価値を認めているコミュニティ,その他関係する集団,研究者などから*3,影響の除去,緩和などの措置について意見を聞きとり,誠実に応えていくプロセスを実施することを指す。このコンサルテーション(consultation)という手続きは我が国にはほとんど見られないものである*4。NHPA の国内保護手続きは行政規則にて詳細に定められているが,域外(海外)での手続きに関しては行政規則が存在しない。
DOD は2008 年,マリリン・パテロ判事による中間判決以降,ジュゴンに関わる調査を実施し,2014 年4 月には調査を完了させ,「ジュゴンに影響はない」との結論を出している。DOD は域外におけるTIA としてはこの調査で十分であると主張したのである。この調査にはいくつも不十分点があり、原告は訴訟の中でその問題性を主張した。
1) 手続的問題点
① DOD がTIA と称している手続きは,公表されることなく秘密裏に始められていること
② 調査対象者に辺野古新基地のジュゴンに対する影響の調査と告げること無く,一般的なジュゴンの文化的価値を調査したに過ぎないこと
③ 原告及び地域住民,県,市など重要な存在との協議(コンサルテーション)を実施していないこと
2) ジュゴンに対する影響なしとした判断の誤り
① 日本の環境影響評価方法は科学的でない。また,文化にかかわる調査ではない。そのため日本の環境影響評価手続きはNHPAの資料としてはきわめて不十分であるにもかかわらずDOD はこれに依拠していること
② 一般的な文化的調査に終始し,本件新基地に対する個別具体的影響の調査がないにも関わらず影響なしと判断していること。
3. チェン判決の不当性
これらの争点について,本判決はDOD に対してきわめて寛容な判決となった。チェン判決はNHPA の海外適用について運用にかかわる行政規則が存在しない以上,DOD に広範なの裁量があるとした。その結果,DOD 側がとった手続が不合理で無ければ違法性はないとしたのである。その裁量の範囲はきわめて広く,行政のフリーハンドと認めるに等しいものであった。本来,NHPA 手続きの核心は「考慮すること」,関係者との対話によって文化財保護の最適な方策をさぐるというものであった。しかし,事前の告知も無く一般的な調査であってもよいとするのはNHPA が義務づけるTIA とは大きく隔たる。
チェン判決が「ジュゴンへの悪影響はない」とするDOD の判断を擁護する結果となった点は極めて不当であるというほかはない。日本の環境影響評価手続きが非科学的であることはDOD が委託した調査担当者も厳しく指摘してきたところである。また,日本の環境影響評価は文化的価値についてはアセスメントしておらず,NHPA の手続きとは異なる。DODにおいては辺野古基地建設がジュゴンの文化的価値に影響はないとする判断資料は存在しない。TIA プロセスの中で,DOD は原告ら,地域住民,ジュゴン研究に携わってきた環境保護団体,研究者,名護市,沖縄県の意見を聞くべきであった。
4. 控訴の意義
チェン判決はNHPA が域外に適用されることの意義を著しく失わせるものであり,容認できない。辺野古基地は本来米国のための基地であり,基地建設は日米両政府による共同作業であることは言うまでもない。米国政府は基地建設の当事者の一人であり,米国政府は沖縄県民やジュゴンに象徴される辺野古,大浦湾の自然を保護のために奮闘している人々と誠実に協議すべき者である。NHPA によるジュゴン保護手続きは米国政府が当事者と対話する重要な機会である。弁護団は本訴訟を通じて,米国政府が辺野古基地建設による自然破壊に対する責任者の一人であることを明らかにしなければならないと考えている。
また,米国内にも沖縄の願いを支える人たちがいることを明らかにする上でもこの訴訟の意義は大きい。2018 年8 月31 日に沖縄県は埋立免許の撤回を行った。県は沖縄のジュゴン保護,辺野古・大浦湾の自然保護も理由の一つとしている。私たち弁護団はこうした沖縄県の行動とともにあり,米国内においてジュゴン保護のために裁判を戦い続ける所存である。
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*1 Section 106 (16 U.S.C. 470f)
The head of any Federal agency having direct or indirect jurisdiction over a proposed Federal or federally assisted undertaking in any State and the head of any Federal department or independent agency having authority to license any undertaking shall, prior to the approval of the expenditure of any Federal funds on the undertaking or prior to the issuance of any license, as the case may be, take into account the effect of the undertaking on any district, site, building, structure, or object that is included in or eligible for inclusion in the National Register. The head of any such Federal agency shall afford the Advisory Council on Historic Preservation established under Title II of this Act a reasonable opportunity to comment with regard to such undertaking.
*2 Section 402
[16 U.S.C. 470a-2 — International Federal activities affecting historic properties]
Prior to the approval of any Federal undertaking outside the United States which may directly and adversely affect a property which is on the World Heritage List or on the applicable country’s equivalent of the National Register, the head of a Federal agency having direct or indirect jurisdiction over such undertaking shall take into account the effect of the undertaking on such property for purposes of avoiding or mitigating any adverse effects.
*3 パテル判事は次のように示していた。
“engag[ing] the host nation and other relevant private organizations and individuals in a
cooperative partnership” and “consultation with interested parties and organizations.”
*4 最近では有害物質についてリスクコミニュケーションという形で現れたり,大規模開発にあたっての紛争予防条例という形で現れたりしつつある。
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